昼行燈45「浮かび上がらせてやりたい」
踏み潰された水は、一瞬、グシャッとかバシャッとか音を立てる。
悲鳴のようにも、喚きのようにも聞こえる。
心弾む日には、子供たちの歓声にだって聞こえるけれど、今日はそうはいかないようだ。
雨の音が夜の町を孤独の海に沈めていく。
家々を雨音のカーテンが区分けしていく。
窓の明かりも降り行く雨に揺らいでしまって、夜陰に紛れ溶け去っていきそうだ。
もう、こちらには届かない。部屋の灯りだって雨のカーテンに遮られ、草臥れ果ててしまう。
きっと、雨に煙る時空の彼方には、人の息吹が、溜息が、喘ぎが、吐息があるはず。
決して魂の残骸なんかじゃなく、心からの手紙のような息が。
届かない?
受け止めきれない?
おやっ、人?
傘を叩く雨音…。
人の気持ちを穿つ雨。
家路を急ぐ人。
通り過ぎていく、通り過ぎていくだけ。
誰も足を止めない。
止める理由もないし。
熱いはずの心は、出口を見出せず、交し合う相手も見出せず、胸の中で乱反射し、あちこちの肉壁に傷をつけ、穴を空け、血潮に溶け込み、体の末端で渋滞し、鬱血し、凝固し、瘡蓋に成り果てる。
一枚、また一枚と剥がしていく。
その下には鮮血が流れていると期待して。
血潮が溢れ出すと祈るような気持ちで剥ぎ取っている。
なのに、瘡蓋の下は壊疽した心がケタケタ嗤っているだけ。
沈んでいく心。
雨水より重たい心。
潜って浮かび上がらせてやりたい。
今の願いは、ただ、それだけだ。
[拙稿「浮かび上がらせてやりたい」より。トップ画像は、「宮本秋風「雨音」(画像は、「株式会社 ギャラリー・トレンド」より)」]
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