昼行燈51「蛸と海女」
遠い昔のある真夏の夜中、近所の悪ガキに誘われてある宿へ行った。そこには何人ものガキ連中が集まっていた。何が始まるのか。何かが始まるとアンちゃんが言っていたが…。
蒸すような熱い畳の部屋。夏の暑さのせいばかりじゃなかった。どいつの顔にも期待と不安がはち切れそうだった。奴らはきっと経験があるんだ。
その行事には女の子も何人か加わっていた。この子らも知ってて来てる。それどころか俺だってその中の誰かに呼ばれたんだとアンちゃんは言う。
部屋の中に灯りはあったのだろうか。最初は真っ暗に感じられたが、次第に暗闇に慣れてきた。人影が浮かび出した。いつしか行燈か何かが部屋の一角をぼんやり照らし始めていた。橙色の光が霊のように漂っている。
部屋の奥には毛布か何かが敷かれていて、そこには人が横たわっている。人…。目を凝らすとそれは女の子だった。しかも真っ裸ではないか。
女の子が代わる代わるそこに横たわるのだ。寝巻姿だったのが、するりと衣を落として敷布の上に横たわるのだ。誰に強制されているわけじゃない。素っ裸を曝け出し、そこにいる誰もが食い入るように見入っていた。橙色の光は、女の子の肌の色の輝きだったのかもしれない。男の子も順繰りに横にならないといけない。ボクも…。
やがて最後の一人が立った。それは近所の奥さんだった。いつの間に来ていたのだろう。彼女がまさか!
が、そうするのが当然のように彼女も寝巻の帯を解いて裸身を晒した。妖艶とした思えなかった。我が目を疑った。彼女も寝床に横になり皆の前に身を提供した。
大人の裸を飽くことなく眺めた。性的な存在とは感じられなかった。ただただ美しい肉の柔らかそうな起伏に寄り添いたかった。目は次第に一局に集まった。深い亀裂に深淵を感じた。何処までも深い闇だった。
するといつしか大人の男が女の傍に立っていた。彼も裸だった。よく見てるんだぞと言って、彼は女にゆっくり負い被さっていくのだった。男はガキ仲間の中の一番の兄貴分だった。仲間の卒業の儀式なのだとか。雌雄の二匹の肉塊が絡み合っていた。行燈のわずかな光だけの部屋は、熱気が赤い闇となって燃え上がっていった。
ボクもいつかその日を迎えられるのか…。
けれど若者とも言えないガキの合宿は数年もしないうちに自然消滅した。あと二三年で自分の番だったはずなのに。
だからだろうか、いつしか銀河を夢想するようになった。俺にとって銀河は闇の海に浮かぶ島だった。銀河の中心には真っ白な肉塊がある。その白い身を銀河の腕、蛸の足が絡み付き巻き付いていた。そう、銀河とは震撼する闇の宇宙の蛸と美女だった。完璧な瞬間に俺は居る!
12歳の真夏の夜明け、初めての夢精体験はこうして徒と終わった。
[画像は言うまでもなく、葛飾北斎画の通称『蛸と海女』(「蛸と海女 - Wikipedia」より)である。]
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