昼行燈44「止まっちゃいけない」
人の姿はさすがに少ない。新聞配達もとっくに終わってる。
我が町を遠ざかり、大きな川の土手にのぼった。対岸を眺めたかったのだろうか。いつものように遥かな…手の届かない先を想う?
足は止まらない。もっと先へ先へ。川を渡った。古びた鉄橋の橋。さすがに車は行き交っている。人影はない。
ふと今日は日曜日だと気づいた。
あの人の町が段々と近づいていく。行方はそこしかないとは分かりきっていた。
逢えるはずもない。約束など何もない。でも足は止まらない。
行ってどうする?
ついにあの人の家の前の道。猫一匹いない。閑散。日曜日の早朝。
するとなんとあの人が現れた。まるで約束だったからその場に来ただけというふうに。
顔は呆れたという表情なのか、逢えて嬉しいなのか、それともいつも通りに一緒になっただけと、穏やかな笑みを浮かべていた。
来てくれたのね、とでも言いたげ。
胸に大判の冊子を抱えていた。秋口とはいえ、朝は寒いのに膝丈のスカートで、サンダルは履いてるのだが、素足の印象があった。
何処行くの? ピアノを弾きに大学へ。大学? 開いてる教室があるの。
しばらく二人で歩いた。が、不意に彼女は気が変わった、今日は止めたと。え?
ちょっとがっかりしながらも、二人して橋梁をてくてく歩く。
彼女があの場に現れたのは偶然なのか、聞きたかったが口に出せなかった。逢えた嬉しさに胸が一杯だった。あり得ない夢が実現している、その事実に陶然としていた。無駄口さえ浮かばない。
橋を越えて何処へ行く? 彼女は地元の町から離れたかった? とにかく橋を越えて川の向こうの見知らぬ町へ?
彼女がピアノを弾く姿を観たかったなと、川を越えてから後悔し始めていた。どうして止めた?
橋を渡って堤防の道へ逸れた。その先には護国神社がある。鎮守の森もある。境内を巡るか。とにかく歩き続けたかった。足が止まると彼女と向き合わないといけなくなる。それが怖いのだ。
だけど、何が怖いのか自分でも分からなかった。が、ついに本堂の中で二人の足が止まった。
止まっちゃいけないんだ、そう囁く声が胸の中で。
[冒頭の画像は、「神通大橋 - Wikipedia」]
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