昼行燈36「糸が切れた」
何だか妙に浮かれた気分だった。目覚めたときからふわふわしていた。きっと愉快な夢でも見てたんだろう。惜しいことに何も覚えていない。とにかく前向きというかふっきれたというのか、ケセラセラというのか觔斗雲(きんとうん)にでも乗っかってるようだ。
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そういえば、一時期、繰り返し見る夢があった。それはボックス型の椅子にどっかり腰掛けたまま、何処までも町中を駆け抜けていく夢だった。高座椅子とでも呼ぶのか、肘掛のあるがっちりした、まるで箱にすっぽり埋まってしまうような椅子だった。
そんな椅子に腰掛けるというか乗っかったまま、俺は何処までも駆けていく、いや、宙を飛んでいくのだ。地上からせいぜい一メートルも浮いている程度の高さ。折々地面に擦りそうになるのだが、肘掛を操縦桿を持ち上げるようにすると、また勢いが増す。どうしてそんな夢を繰り返すのか。そんなに当時、立派な椅子に腰掛けて仕事するとか、読書するとか、居眠りするとかした記憶はない。体がそんな四角四面の空間に嵌まり込んでしまっていたのか。空中浮揚の疾駆は爽快なようでいて、実は自制の利かない窮屈さに窒息しそうだったように記憶する。
でも今朝からの気分は地に足が付いていない。この世の誰とも繋がりのない、糸の切れた凧、風の吹くまま気儘なのだった。いや気儘なんかじゃない。行方は風に聞くしかない。自分にはどうにもならない。
透明なバルーンの中にいて外界はくっきり見える。外界からも中はあられもなく見通せている…はずだった。が、誰も俺に気付いていない。すれ違う人とほとんど接触する寸前で、やがいと感じておかしくないはずなのに、誰もが素っ気なく行き過ぎていく。
別に挨拶などしてくれなくていい。せめて頷くだけでいい、俺の存在に気付いていることをさりげなくでいいから目線の端に感じさせてほしい。
だけど、誰にも相手にされない淋しさを感じるさえできなかった。浮き立つ思いはどんな悲しみも鈍麻させてしまう。深甚な思いを眼前にしても分厚い壁の向こうのピエロの笑みに成り果てるのだった。
俺は真剣なのだ。心が痛いんだ、今にも壊れそうなんだ。なのに、その深刻さが搔き消されて表情が緩んでどうにもならない。爪で心を引っ搔いてみた。歯を食いしばってみた。こみあげる笑みを嚙み殺してみた。
俺は浮いていく。何処ぞの空へ舞い上がっていく。この世から消え去っていく。誰か切れた糸を繋いでくれ!
(画像は、「萩原 ブラウン [高座椅子] | XPRICE - エクスプライス 」より)
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