« 昼行燈16 | トップページ | 昼行燈(番外) »

2023/10/19

昼行燈17「ピエロは嗤う」

Nakigara  「ピエロは嗤う

  ピエロは嗤う。あなたを、世間を、世界を、そして自分を。
 えっ、舌をペロッと出してるって? ベロが鏡に釘付けされているのさ、なんて言って信じる? あなた。

 心は殴られ潰されてしまった。涙の河は行き場を失い眼窩へと流れ込む。
 サテンだったはずの衣裳は、まるで心と体を甚振るように、風と戯れる。風に舞う。

 疾風に飛ばされた砂利が更紗の生地を貫通し、生身の皮膚に食い込んでくる。
 紗は擦り切れ、ガーゼのように半透明となった。ああ、美しき包帯、それが我が衣なのだよ。

 覗かれてしまった、一番、見られたくなかった姿を!
 赤裸の心など、誰にも見せたことなどなかった。自分にさえ!

 わたしがこんな姿だったなんて、知らなかった。知りたくなかった。
 それを、あなたが暴露してしまった。あなたの目がわたしの心を剥き出しにした。
 ひん剥かれて、わたしは身も心もパサパサだ。ドウランも塗ったそばから乾いて剥がれ落ちてしまう。
 疎らな髪の毛をウイッグで隠してきたけど、もう限界だってことはわたしだって分かっちゃいたんだ。
 マスカラは涙と汗で垂れてしまい、睫毛すら瞳の悲しみを覆い隠すことはできない。

 ああ、でも、何も楽屋裏を覗くことはなかったでしょ!

 足腰が立たないの。魂の抜け殻なの。骨身が砕かれちゃったの。
 世界の不幸を呪うのに疲れてしまった。
 それでも、わたし、祈っているの。あなたの幸せを、わたしの幸せ。

 命が体液のように零れていく。いえ、蒸発していくの。パサパサの心。
 口内では、凝結した血が岩になっている。目いっぱい開いても空気は吸えない。
 ドウランという鎧で身を守ってきたけど、それも、もう、限界。

 マスカラは心というキャンパスに描くクレヨン。血の赤と、脳漿の白と、便の緑との三原色は揃っていたのに。
 ああ、わたしは生きたい。ただ、普通に風に吹かれたいの。

 その証拠に、今日も私は嗤う、世間の面前で。

 

(原文は、拙稿「ピエロは嗤う」より。[画像は、お絵かきチャンピオンさん作「亡骸スケッチ」(ホームページ:「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」)]

|

« 昼行燈16 | トップページ | 昼行燈(番外) »

心と体」カテゴリの記事

旧稿を温めます」カテゴリの記事

創作(断片)」カテゴリの記事

ナンセンス」カテゴリの記事

ジェネシス」カテゴリの記事

あの日から始まっていた」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 昼行燈16 | トップページ | 昼行燈(番外) »