昼行燈17「ピエロは嗤う」
「ピエロは嗤う」
ピエロは嗤う。あなたを、世間を、世界を、そして自分を。
えっ、舌をペロッと出してるって? ベロが鏡に釘付けされているのさ、なんて言って信じる? あなた。
心は殴られ潰されてしまった。涙の河は行き場を失い眼窩へと流れ込む。
サテンだったはずの衣裳は、まるで心と体を甚振るように、風と戯れる。風に舞う。
疾風に飛ばされた砂利が更紗の生地を貫通し、生身の皮膚に食い込んでくる。
紗は擦り切れ、ガーゼのように半透明となった。ああ、美しき包帯、それが我が衣なのだよ。
覗かれてしまった、一番、見られたくなかった姿を!
赤裸の心など、誰にも見せたことなどなかった。自分にさえ!
わたしがこんな姿だったなんて、知らなかった。知りたくなかった。
それを、あなたが暴露してしまった。あなたの目がわたしの心を剥き出しにした。
ひん剥かれて、わたしは身も心もパサパサだ。ドウランも塗ったそばから乾いて剥がれ落ちてしまう。
疎らな髪の毛をウイッグで隠してきたけど、もう限界だってことはわたしだって分かっちゃいたんだ。
マスカラは涙と汗で垂れてしまい、睫毛すら瞳の悲しみを覆い隠すことはできない。
ああ、でも、何も楽屋裏を覗くことはなかったでしょ!
足腰が立たないの。魂の抜け殻なの。骨身が砕かれちゃったの。
世界の不幸を呪うのに疲れてしまった。
それでも、わたし、祈っているの。あなたの幸せを、わたしの幸せ。
命が体液のように零れていく。いえ、蒸発していくの。パサパサの心。
口内では、凝結した血が岩になっている。目いっぱい開いても空気は吸えない。
ドウランという鎧で身を守ってきたけど、それも、もう、限界。
マスカラは心というキャンパスに描くクレヨン。血の赤と、脳漿の白と、便の緑との三原色は揃っていたのに。
ああ、わたしは生きたい。ただ、普通に風に吹かれたいの。
その証拠に、今日も私は嗤う、世間の面前で。
(原文は、拙稿「ピエロは嗤う」より。[画像は、お絵かきチャンピオンさん作「亡骸スケッチ」(ホームページ:「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」)]
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