昼行燈9
それでも、飽くことなく、ありとあらゆる由無し事を書き綴るというのは、別に知識を広めるためでも、薀蓄を傾けるためでもなく、書きながら何事か新しいことを調べ、あるいは何か興味を惹く何かに触れたならその何かを紙の上に少しでも定着させたいからだ。
書くとは、ある種の懇願の営為なのだと思う。
何への憧憬か。
それは、生きること自体の不可思議への詠嘆であり、この世に何があるのだろうとしても、とにかく何かしらがあるということ自体の不可思議への感動なのだ。この世は無なのかもしれない。胸の焦慮も切望も痛みも慟哭も、その一切合切がただの戯言、寄せては返す波に掻き消される夢の形に過ぎないのかもしれない。
でも、たった今、ここにおいて感じる魂があるということ、それは、つまりはこの地上世界に無数に感じ愛し悩み喜び怒り絶望し感激する無数の魂のあることのこの上ない証拠なのであって(だって、自分だけが特別なはずがないのだ。誰もが一個の掛け替えのない存在なのだとしても)、その感じる世界の存在は否定できないような気がするのである。
(拙稿「「月影に寄せて」の頃のこと」より)
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