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2023/09/21

昼行燈4

Tuki_20230921005501  何処までも広がる田圃の連なり。嘗ては一面の麦畑だったとは信じられない。今は農閑期。田植え前。嵐の前の静けさ。何処行く当てもなく歩いていた。まだ明るかった空が既に宵闇に沈みかけている。畦道や用水路の縁を辿っていたけど、月影のない筋は次第に曖昧の闇に呑み込まれていく。


 遥か遠くの農家の窓明かり、しょぼくれた電信柱にぶら下がる電灯が頼りだ。ボクは窓灯りがたまらなく恋しい。胸が締め付けられるようだ。あの橙色の光はボクを誘惑する。農村に散在する家々の灯りは団欒の証しなのか。ボクの家にだって明かりは灯っているはずだ。だったら家に帰ればいいじゃないか。なんだってわざわざ出てきたんだ?


 虫は光に焦がれるという。月影が頼りだとか。けれど、月のない夜。新月なのか、それとも曇天なのか。まるっきり月の姿がない。虫の気持ちが分かるようだ。もう子供でもないのに何てガキっぽい感傷に浸ってるんだろう。


 屋敷林に囲まれた農家の灯は樹影に揺れて淋しい。だけどだからこそ愛しい。微かな光の溜まり場が確かにあそこにある。その光の誘惑に釣られてボクは彷徨っている。ボクの居場所は何処だ? あの赤い光の明滅はなんだろう。


 空にはボクの好きな星も今夜は一つもない。星にボクの胸が疼くこともない。
 眠れなかった夜々の果ての夜明け。鉛の体を引き摺って昼行燈になって日中をやり過ごした。


 ボクが目覚め始めるのは宵闇迫る頃なのだ。


 辛うじて生きていると感じられるのも夕刻。夜が深まるほどにボクは覚醒していく。朝には疲れ果てていた体が蘇るような気がする。だからボクは夜の果ての放浪をやめられないんだ。

[画像は、拙稿「孤独な配達人の独り言」より] (09/21 00:53)

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