あの日から始まっていた (38 孤独な配達人の独り言)
昨夜(の延長)というべきか、今朝未明、久しぶりに月影を見た。
何日ぶりに出合ったのか、定かではないが、気分的には実に久しぶり、と表現したくなる。
観たのは、朝方4時半頃。
日の出は七時前後のはずだから、まだ、真暗である。
小雪がちらついていて、空は曇っている。
雨が雪になって、外での仕事は大変だろうなと覚悟していたので、小雪程度の空模様で助かった。
そんな心配ばかりしていたくらいで、月影を拝めるなんて全く予想も期待もしていなかった。
それだけに、不意に雲に切れ目ができて、その雲間から月影が顔を覗かせている、その神々しいまでの光の輝きに心底、感動してしまった。
月影が神々しいなんて、大袈裟?
そうかもしれない。
でも、北陸富山の曇天の続く冬の空を思えば、たまに思いがけなくも月影に恵まれると、ある種の感動をすら覚えてしまうのである。
思わず空を見渡してみたら、薄い雲間から星影さえ、ちらりちらりと姿を見せてくれている。
さすがに紗とでもいうのか、薄絹のような、雲か霞を透かしてなので、星の光も弱々しいが、それでも、何日かぶりの星影に嬉しさも一入(ひとしお)なのである。
前日の日中は、根雪も溶け始めていて、部屋の中にいると、トタン屋根などを叩く雨垂れのような雪解け水の音が頼もしかった。
そうはいっても、車や人が通る辺りは道路も雪がすっかり消えてしまったのだが、広い空き地などには、除雪され避けられた雪の山が方々に出来ているし、路肩などは積もり固まった雪の山が延々と続いている。
雪など、水の変容に過ぎず、それほど気温が低くないときは、夜、どす黒く見える道路に降ると、あっさり溶けて水になり、路面を濡らすだけである。
今朝未明は、もう一度か二度、低ければ、凍結するか、あるいは雪のままに降り積もる、そのギリギリの気温だったようだ。
吐く息が白い…はずだが、冷たい息を吸い込んだりしないよう、マスクをして仕事している。
マスク越しにだって息が漏れて、息が白く見えるはずだが、あまりそんな光景には遭遇しない。
たまに仕事に夢中になって、マスクがずれていることに気付かないまま息を吸ってしまうと、喉も、それ以上に肺が痛くなる。
すぐに痛みで気が付いて、マスクを丁寧に掛け直す。
鼻呼吸できない小生には、冬はマスクが必需品なのである。
冷気を深く吸い込むと、肺炎すら覚悟しないといけない。
それでなくとも、冷たい空気を知らず知らず油断して吸ってしまって、風邪を引いてしまう恐れがある。
実際、昨年師走の半ば頃、喉の痛みから風邪となってしまったものだ。
真っ暗闇の中の仕事。冷気だけが我が身を包む。
体自体は、人家の庭の積雪を踏み締めたりしているうちに体が変な風な運動をしてしまって、火照ってしまう。
ほんの三十分も作業しているうちに汗ばんだりする。
そんなに厚着をしているわけではない。
小走りに作業はしても、走ったりはしない。
民家の門の中には何があるか知れたものではないからだ。
それでも、汗を掻く。
冬、汗を掻くと、あっという間に冷えてしまう。
背中に冷たい水を常時、浴びているような状態になりかねない。
そうなると、また、風邪を引く懸念が高まるわけである。
だから、決して走ったりはせず、冷水のような汗が引くように、作業に手加減を加えたりする。
車の通りも疎ら。たまに自転車で新聞配達する人影に遭遇することもあるが、それも、一瞬の出来事に過ぎない。
あとは孤独な作業。
音だって、人の気配がないから以上に、音が雪に吸い込まれるようで、夏や秋口までの夜より静かである。
真夜中過ぎの夜の底を一人ぼっちの自分。
今朝こそは月影が我が身を照らし出してくれたが、それも束の間のことで、あとは、街灯が、孤独なマラソンランナーを沿道から声援する観衆…というわけにはいかないが、闇を少しでも緩和し、我が身にかすかな影を与えてくれる貴重な存在になる。
点々と民家の窓に明かりが灯っていたりすると、これから起き出して仕事するのか、それとも、まだその家の主の夜は終わっていないのか、気になったりする。
それ以外には何も思うことがないから、民家の窓辺の影が気になってしまうのだろう。
それだけ、孤独で単調な仕事に勤しんでいるということだろうが、夢中になると、早く仕事を終えること、終えて自宅のベッドに横たわることしか考えていない自分が居る。
孤独な真夜中の配達人には、真率な夢想など、抱く余裕などあるはずはない、柄にもないことは思わず、黙って仕事しろよ、ということか。
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