« あの日から始まっていた (36 「祈り」を巡って) | トップページ | あの日から始まっていた (38 孤独な配達人の独り言) »

2022/02/21

あの日から始まっていた (37 南天の実に血の雫かと訊ねけり)

Nanten_20220221092601 ← 南天の真っ赤な実は、雪の中では一層、色鮮やかである。一瞬、血の雫に見えたりする。

 

 細切れな睡眠を取る日々が続いている。
 眠りが細切れなのは、忙しいから?
 そうではあるが、仮にそれほど忙しくなくても、小生の睡眠は苦しげに息継ぎするような、むしろ喘ぐような仮の眠りにすぎない。

  寝入る時よりも常に目覚める時のほうが疲れが倍加する睡眠。
 起きるには、時に凶暴なほどの意志が必要になる。
 何のための起床なのか分からないだけに、ただただ徒労であり、無為でもある。

 

 睡眠障害はどうにもならない。

 この日、三度目の仮眠を取ろうとしていた時のことだった。

 ベッドに身を横たえ、目を閉じようとしたら、ふと、胸の痛みを伴って、何かの記憶の断片が脳裏を過(よ)ぎった。
 あまりに像が鮮やかなので、自分が今、ホントにそこにいると思えてならなかった。
 誰かを待っている…、それとも、誰かを追っている…。
 あるいは、誰彼に逸れてしまっただけなのかもしれない。

 

 眠ることへの恐怖が、怯えがそんな遠い日の残像を呼び起し、睡魔への無為な抵抗を試みさせているのかもしれない。
 
 ただ、強烈な情念が胸を掻き毟っていた。
 会いたい!
 会いたい人が居る!
 けれど、相手の姿は見えない。

 

 何処かの家の裏手の軒下にポツンと立つ自分。
 当てもなく立ち尽くすだけ。
 
 今こそ遭うべき時なのに、時間だけが過ぎていく。

 

  もう、若さはとっくに失われているのに、情が渦を巻き、やがてその勢いの捌け口を見つけたとばかりに、オレの胸の透き間を衝いて噴出する。
 けれど、情の念は日の目を見た瞬間、熱さと冷たさの同居した、真冬の朝の吐息へと変貌する。
 あの血の吐くような痛みさえ、凍て付いてしまっている。

 

 無駄だと分かっているのに、今更どうなるものでもないのに、オレは表に飛び出した。

 

 降り頻る雪。
 何処までも広がる新雪の野。
 オレの足あとだけが点々と連なっている。

 

 遥か彼方に光。
 あれは灯明なのか。
 それともただの幻?
 オレへの誘い?
 闇の中のオレンジ色の光の罠なのか。
 
 オレは光へと向かっているのか。
 それとも、ああ、闇へと沈んでいこうとしているのか。

 

 やっぱりだ。
 光は通り過ぎ行く車のライトに過ぎなかった。
 オレに残されるのは、雪の飛沫だけ。

 

 分からない。
 ベッドで垣間見た鮮烈な記憶の糸は、すっかり色褪せ撓んでしまっている。
 蜘蛛の糸のように冷酷な救いの糸
 
 何もない。
 ないってことすら、ない。

 

 あるのは、ただ、白い闇。

 

 …白けた闇に迷い込んでしまうのはいつものこと。
 オレは、記憶の糸を手繰るのをやめた。

                        (10/01/14 作)

|

« あの日から始まっていた (36 「祈り」を巡って) | トップページ | あの日から始まっていた (38 孤独な配達人の独り言) »

心と体」カテゴリの記事

妄想的エッセイ」カテゴリの記事

旧稿を温めます」カテゴリの記事

ナンセンス」カテゴリの記事

あの日から始まっていた」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« あの日から始まっていた (36 「祈り」を巡って) | トップページ | あの日から始まっていた (38 孤独な配達人の独り言) »