あの日から始まっていた (35 葬送のこと)
一体、この世に何が残るのだろうか。そもそも何か残したいのだろうか。この掛け替えのない自分。確かに自分というのは一人しかいないし、段々自分のことを気遣うのは自分しかこの世にないのだと、しみじみと感じてきている。
だから、その意味で世間に迷惑を掛けないよう自分のことは自分で始末をつけたいとは思うけれど、さて、それも生きている間のことで、その後のことは、どう思えばいいのだろう。
(中略)
で、敢えて卑近にも自分のことを思うなら、ここ、この世の片隅に一個の平凡なる人間がいる、それは極小の小宇宙に過ぎない。そして、その取るに足りない人間のささやかな思いや願いや祈りや期待など、それこそ蝋燭の焔であって、気紛れな風の一吹きで掻き消されるような、存在自体があやうい、あれどもなきが如きものでもある。
けれど、そのちっぽけな存在者の小さな窓からは、その気になれば宇宙だって見えるし感じることもできる。窓の隙間からは、隙間風だって吹き込む。その風は、宇宙の隅々に吹き渡るものであり、無辺大の宇宙のどんな片隅をも吹き渡り撫で来り、その臭いを嗅ぎ、そして運ぶ。
ここにいる<わたし>が思うことは、つまり、決して消えることなどありえないのだ。一滴の血の雫が海に溶ければ、限りなく拡散し、海の青に染まり行くのだとしても、だからといって血の一滴が消え去ったわけでもなければ、まして無くなったわけでは決してないのだ。
形を変え、色を変え、結びつく相手を変えて、永遠に生きる。一旦、この世に生じたものは決して消えない。消すことは叶わないのだ。一旦、為した善事も悪事も無かったことに出来ないように。
だから、自分というちっぽけな人間が、世の片隅に生きて、平平凡凡と生きようと、その心と体の中に何事かを祈念する思いがあるなら、既に永遠の命が約束されたも同然なのだ。なぜなら、一旦、この世に生じたものは、なかったことにすることなど人間には不可能なのだから。
だからこそ、祈り、というのは、奇跡の営みなのであろう。祈りを知る人こそ、人間の究極の業(ごう)を知る人なのだろう。人間とは、つまるところ、祈りなのだと小生は思っている。
この世のどこかに何かが萌す。それは命の賛歌なのか、生への盲目的な意志なのか、その正体など誰にも分からない。
ただ、一旦、萌した命の芽吹きは踏みつけにされ命を断ち切られたとしても、この世からは消えることは無い。消えたように見えても、また、どこかに生まれる。踏み躙られた苦悩と恨みと望みとが、生まれいずることのなかった命への執念を以って、再びどこかに萌す。
そしていつかはどこかで大輪の花を咲かす。萌し、やがては芽吹き、花が咲くというのは、夢物語ではなく、宇宙の摂理なのだと小生は思っているのだ。
[拙稿「葬送のこと、祈りのこと」(2004年?)より。画像は、「葬送 - Wikipedia」より]
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