あの日から始まっていた (27 ぬめり)
「ぬめり」
何かがぬめっている。粘着く闇の中でぬめっている何かがある。ぬた? いや違う。
排水溝のぬめりだろうか。酔っぱらった魚の腹なのだろうか。それとも、イカのぬめり?
梶井基次郎が好きなあの滑りだろうか。奴は光まで滑ってると喝破していた。いや違う、奴は光が鼻っ面を滑ったと言っただけだ。あと一歩だったんだ。もう一歩で辿り着けていたのに、滑ってしまった。
ぬめりが一番ひどいのは口の中だった。歯茎から染み出す血糊と涎が混ざり合って濃厚なソースになってやがる。
喉までがぬめって肺胞まで浸潤しそうだ。息ができない。鼻などはとっくに詰まってる。真っ赤な闇が今夜も襲ってくる。燃え上がる闇が世界を囲繞する。脳みそまでが沸騰してる。睡魔さえたじたじになる。睡魔に襲われ昏倒したのに、ぬめりの奴が睡魔を追い払う。ぬめりの舌先がとめどなく伸び広がって、世界を覆い尽くす。
轟音が耳を劈く。脳髄をまるごと響きが追い立てる。転がる脳みそ。もしかしたらぬめりは脳みそから溢れ出したんじゃないか。
昨日の出来事が夢になる。ガラスの夢。夢は転がり落ちて大地に砕け散る。ガラスの粉塵。脳みそが血だらけだ。ガラス片に切り刻まれ細切れになって無数の蛞蝓(なめくじ)に成り果てる。蛞蝓(なめくじ)なら生き延びられるかもしれない。姿かたちは窶していたって、俺はもとは脳みそだぞと威張っていられるかもしれない。
そうだ、どうして今の今まで気付かなかったんだ。蛞蝓(なめくじ)ならぬめりなんかに負けない。いや、それどころか温泉に漬かるカピバラみたいなものだ。
ああ、脳みそが燃えている。それとも炙られている。水分が抜けきって木乃伊だ。分かった! 血糊が喉元に溢れているのは、脳みそを救い出そうという懸命な足掻きなのだ。
今なら間に合う。干乾びて粉塵の塊に成り果てる前にぬめりを脳みそに垂らしてやるんだ。急がないと!
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