あの日から始まっていた (19 球体関節人形)
← 画像は、「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より
「球体関節人形」
それはあまりに可憐すぎた。生きる途上のほんの一時、幻のように現れる神の気紛れだった。
風になびくススキの穂よりやわらかかった。陽光に映える水面より眩かった。
無邪気としか思えぬ瞳の輝きが誰の魂をも刺し貫いた。
それは情け容赦のない電撃。逃れようのない救い。闇の世の光明。
誰をも心に笑みを浮かべさせた。とっくに忘れ果てていた魂の弛緩。
人形だ。生ける人形なのだ。思わず手を出したくなる。せめて擦れ違う一瞬だろうと、触れてみたくなる。触れ合うことが可能だとしか思えないのだ。
汚れた者をもそう錯覚させてしまう。
だが、人形ではないのだ、それは。生ける瑞々しい魂の躍動であり、弾ける知の振動なのだった。
だれがお前などに触れさせるものか!
笑みの裏側で身を頑なにして叫んでいる。触るんじゃない。私に触るんじゃない。私を汚してはならない。私は純粋無雑。水晶の透明をも跳ね飛ばす夢と命の塊。
お前などには用はない。お前など消え去れ! 人形はそう叫んでいる。気安に触られるたび、心が死んで行く。魂が汚れていく。私は生きたいのだ。お前などのいない世界の草原を心行くまで走り回りたいのだ。その視界にお前だけはいない。
だが、お前は許さない。人形は人形なのだ。俺の意のままに髪も手も足も腕も前後左右折れ曲がる人形。時には千切ってバラバラにして、もう一度組み立て直してやる。俺の汗と涎と精液がこれからはお前の髄液となるのだ。お前に自由などない。あるのは、泥田の足掻き、闇の海の彷徨い、四囲に誰一人救いとなる者のない世界に放り出されて哭く犬ころ。
人形よ、お前の意志は俺の希望だ。俺の欲望だ。俺の衝動だ。俺の、俺の、俺の。
だから俺はお前を蹂躙し尽くす。お前の死んだようなつぶらな瞳がその証なのだよ。
(2021/10/11 夜半)
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