あの日から始まっていた (22 屈辱の夜)
「屈辱の夜」
あれは誰の差し金だったのか。私は会社の同僚だったか上司に勧められるままに、私の会社と関係するデパート会社の女子社員らの集まりに出席した。それは何処かの小さなバーでの飲み会、ささやかなダンスパーティーだった。退社後の気晴らしの宴。
飲めないお酒に付き合い、やがてダンスの時が来た。女性らはデパートの中のブティックの店員のようだった。やや派手目の化粧と、如何にもセンスがあるかのような黒服でまとめていた。細身の体は、いかにも遊び慣れた風だった。
女性らは踊り始め、私も無理強いに誘われ、ダンスフロアーへ。踊ったことなどない。踊りたいとも思わない。踊っている姿を観て楽しむのがせいぜいの私だった。
私を囲むように女性らは踊り、やがて中の一人が私を促し、体を密着させるように踊り始めた。ソウルフルな音楽がムードを高めようとしている。私は別に女嫌いではない。むしろ、醜い自分などが接近しては相手が嫌がるだろうと配慮して近づくのを警戒してきただけだ。
警戒する相手は、親であれ姉妹であれ親戚であれ友達であれ、そう年齢も男女も問わない。醜い自分は汚れている、近づいたら相手を汚してしまう。そうでなくとも、近くにいるだけで不快な気分にさせてしまう。そうした思いは、保育所時代からのものだった。物心付く頃には、その怯えの感覚は我が身に心に牢固として根付いてしまっていた。気が付いた時にはそうだったのだ。誰がそう仕向けたのだろう。
若いお洒落な女性らはしばらく私と踊り、時にハグするような風に接近して踊ったりもした。私は、相手を不愉快にさせないよう、誘われるままにぎごちなく動き、拷問にも似た氷の時の終焉をひたすら待っていた。
はやくこんな場を立ち去りたい。義理で付き合っただけの時間の空費を少しでも早く切り上げたい。願いはそれだけだった。
やがてようやく、終わった。
が、悲劇はこれからだった。
女たちは、私を前に、自慢げに言い放っていた。
どう、私、彼と抱き合って踊ったわよ。すごいでしょ。
自慢? ゲテモノを食う勇気の誇示?
どうやってあの場を立ち去ったのか、まるで覚えていない。表情など一切表に出さなかったはずだ。出来損ないの能面のような顔だ。ただ、ちょっと顔が、鼻や口元が歪んでいるだけ。表情も歪むから出すのを躊躇うようになっていた。
外は夜。すっかり暮れていた。それでも東京、それも新宿の夜は雑踏と呼ぶべき人だかり。そんな中、私は悔し涙に暮れていた。涙はとめどなく流れてくる。何が口惜しいといって、自分がゲテモノ扱いされたことだった。ゲテモノと接する勇気を自慢しあう玩具だったことだ。
私は私で生きていくのだ。別に哀れまれなくたっていいのだ。それを敢えて世間慣れした女たちの玩具にされてまで慰めてもらいたくはない。女性たちを紹介したつもり? 慰め?
もう、30年以上も昔の屈辱の夜の話である。
(2021/10/18 作)
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