あの日から始まっていた (14 土中の恩寵)
← アンフォルメルの画家ジャン・フォートリエの「人質の頭部」 (画像は、「ジャン・フォートリエの「人質の頭部」:Autoportrait:So-netブログ」より)
何だか知れない闇の圧力に圧し掛かられて、顔が心が歪んでしまっている人がいる。闇の中の手は、その人の親の姿をしているのかもしれないし、もっと形の抽象的な、表現に窮するような何かの形をしているかもしれない。
あまりに早く生きる上での重石を感じ、打ちひしがれてしまった人は、気力と胆力があれば、人生そのものに反抗するかもしれない。あるいは自尊心の高すぎる人なら、人生を拒否するかもしれない。生きることを忌避するのだ。
人生の裏側の世界へ没入していくのである。数学の世界に虚数というものが存在するように、人生にも虚の広大な世界が実在する。虚の実在。
オレは、コンクリートかアスファルトで舗装された大地に住まう。その大地には息する余地さえ与えられない。それが現代における都会だ。少なくとも歪んだ心と共に生きる人には、新鮮な大気というのは、夢のまた夢なのである。
それでも生きている限りは息をする。懸命に酸素を吸おうとする。
捜しているもの、求めているものは、ユートピアなのかもしれない。恩寵の到来なのかもしれない。この世の誰にも打ち明けることのありえない、自分でも笑ってしまいそうなほどに滑稽な、でも、切実な光の煌きへの渇望なのかもしれない。そんなことがありえないと、自分が一番よく分かっている。そんなことがありえるくらいなら、そもそも、自分が苦しんだり悩んだり虐められたり追い詰められたりするはずがなかったのだから。
闇の世界に放り出されて生きてきた以上、闇の中で目を凝らして生きる余地を捜し、真昼のさなかに夢を見る。その人の目は、この世の誰彼を見詰めている。けれど、その人の目は、誰彼を刺し貫いて、彼方の闇を凝視している。何故なら自分がこの世に生きていないことを知っているからだ。
そして心底からの願いはただ一つ、自分を救って欲しかったというありえなかった夢だということを知っているからだ。そうした夢が叶うのは虚の世界でしかありえないのだ。だから、この世を見詰めつつ、その実、白昼夢を見るのである。
願うのは生きられなかった己のエゴの解放。そうであるなら、つまり叶うことがありえなかったのなら、せめて、心の脳髄の奥の炸裂。沸騰する脳味噌。
何か、まあるい形への憧れ。透明な、優しい、一つの宝石。傷つくことのない夢。
(拙稿「ディープスペース:フォートリエ!」より抜粋)
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