あの日から始まっていた(1)
あの日に始まっていたことを自分でも気付かずにいた。朝、あれが朝と呼べるなら、目覚めの時のはずだから朝なのだろう。
入院生活から戻った私はすっかり変わっていた。変わっていたことを姉の親たちへの訴えで知った。術後の私はひどい鼾を掻くようになっていた。当人の私は未だ異変に気付いていない。あまりにひどい鼾で眠れない、一緒の部屋では到底我慢できない。十歳だった私は一人で寝ることになった。親にやんわり諭された。軽い驚きがあっただけだった。淋しくはなかった。一人で部屋を占有することのほうが嬉しかった。鼾の声…音は私には聞こえない。どれほどひどいものかも分からない。
症状が体に出るのにそんなに時間は掛からなかった。それとも自覚はあったのに、その事実を認めるのが怖くて、目を背けてしまっていたのかもしれない。
症状。愚かな私は症状の原因を鼾に、手術の後遺症だとは全く気付かずにいた。私は、朝、起きて…というより起こされて体の異常なほどの疲れに圧倒されていた。体が重い。寝る前より遥かに重苦しい。布団から起き上がるのに、渾身の力が必要だった。普段まるで運動しない人間がいきなり激しい運動を強いられたかのようだった。疲れ切っていた。熟睡するという経験が失われた。夜がなくなった。夢がなくなった。夢を見なくなった。夢は見始める瞬間にガラスのように粉々に砕けてしまった。
入院以前の生活こそが夢だった。夢のように遠くなった。自分のことではなくなった。私は朝、起こされた時、一日で一番疲れ果てていた。何故に疲労困憊しているのか見当が付かなかった。何か悪い病気に違いない。だが、自分でそんなことを認める勇気はなかった。何かの間違いなのだ。
小学校を卒業する頃には、休みの日には奥の座敷へ引っ込み、体を畳の上に横たえた。鉛のような体を転がした。ゴロゴロ転がして、鉛の体を少しでも和らげようとした。体の中の澱を追い出そうとした。
疲労困憊の体。家族の前ではそんな様子は見せなかった。内気で自分の弱みを家族にだって晒すことはできない。本音を打ち明けるという発想はとっくの昔に失っていた。あったのかどうかすら覚えていない。昼間の行燈なのは昔からだった。
幸い…。幸いと言えるかどうか分からないが、私はとっくに感情表現の術を失っていた。面貌の醜さ故に人と素直に関わるなどあり得なかった。自分は汚れている。自分は忌避されている。人の目線が尖がった針金のように突き刺さる。その逐一に反応する余力は保育所時代に既に失っていた。鈍重な性分なのだ。薄のろなのだ。自分の苦しみめいた思いは錐揉み状態になって奈落の底へ勝手に消えていった。
だから、何か重篤な病に侵されているという思い、いつか症状が誰の目にも明らかになる日が来るという、内心のびくつきは曖昧な表情の中に埋没していくだけだった。
学校。
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