あの日から始まっていた (6 タール)
「タールの彼方」
まだるっこしい。粘りつく何か。纏わりつく細い腕。波の音が体をなぶる。潮の香が鼻腔を貫く。真っ赤な闇が瞼を焦がす。中空に漂っている。白い脚が波打つ髪のように絡み付いている。あっさりと溺れてしまいたい。半端に慰撫するんじゃない。蜜の味の舌が体を這う。歯噛みするそれ。ああ、私は何処にいる? お前は誰? 際限のない愛撫が回転する螺旋階段に抉られている。目覚めはまだか。出口はないのか。
へどろが口内を満たしている。黒い血と褐色の唾液が入り交じった甘露の嘆き。咽頭弁が嗤ってる。下鼻甲介の震えは絶妙のハーモニーだ。アモンティラードの渦が私を招いている。潜ってこいよと甘い誘惑の笑みを浮かべてる。眼窩に凍てついた涙の結晶は切っ先となって貴方を刺す。ああ、それだよ、それこそ待ち望んでいた出口なんだ。
違った。全くの勘違いだった。あれは黒檀。違う、タールだ、アスファルトだ、塗り込めている。封じ込めている。大気を遮断している。ダメだよ。息が出来なくなるじゃないか。壁に押し潰されるよ。世界が彼方だ。
四方は壁。足元はタールの海。ズルズルと闇の海に呑み込まれていく。闇は真っ赤だ。煮え滾っている。体が燃えている。カンカンに焼けた炭だ。あとは灰に成り果てるしかない…。
と思った瞬間。目覚めた。それが目覚めと呼べるなら。日差しが眩しい。鉛の塊と化したそれは光を鈍く撥ね付ける。また、べとつく日常が始まる。ほんの少しでも安らぎが欲しい。時空の隙間を探すんだ。
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