あの日から始まっていた(4 ゼンマ)
肉体は闇なのだと思う。その闇に恐怖するから人は言葉 を発しつづけるのかもしれない。闇から逃れようと、光明を求め、灯りが見出せないなら我が身を抉っても、脳髄を 宇宙と摩擦させても一瞬の閃光を放とうとする。
違う! 肉体は闇 でもなければ、ただの枷でもなく、生ける宇宙の喜びの表 現が、まさに我が身において、我が肉体において、我が肉 体そのもので以って可能なのだということの、無言の、し かし雄弁で且つ美しくエロチックでもあるメッセージなのだ、と。
(「裸足のダンス」より)
体の遠い部分から、体が泥か鉛か、とにかく肉体とは異質な何かへ完全に変質していく。
体が重いようであり、しかもさらに重くなっていくようであった。
ああ、もしかして肺も含めた内臓が死んでいってしまう、後戻りできない闇の世界へ落ち込んでいってしまう。
肺もゴムのように、それも弾むことを忘れた死んだ固いゴムのように変貌し、息もできなくなってしまう。
意識だけははっきりしている、その一方で体がドンドン真っ黒な物体に沈下していく。自分の体が何か得体の知れないモノに浸食され死の領分へと捥ぎ取られていくのを無力にも、ただ見守っているだけ。
(「懐かしき(?)ゼンマ明けの朝」より)
引き裂かれた大地に転がされていた。とっても小さな石ころだった。
大地だったのだろうか。ただの沼地だったのではないのか。
歓喜のはずが呪詛の眼差しが我が身を貫いた。射貫くように、目を背けるように。
産みの女神は御加護を与えてくれるはずの天女から一気に見放された。軽蔑された。なかったことにしろと命じる鬼の眼があるばかりだった。
赤い闇から捻り出された血だらけの、皹の入った石ころには、この世の光は呪詛であり、怨念であり、忌避の祈りの伽藍洞だった。
神々しい、黄金の光に満ち溢れた、真冬の僻地で、それは密かに産湯に漬けられた。生温かなお湯が穢れを拭い去ってくれるはず、祝福の抱合が叶うはずだったのだ。
が、沈黙の海にさっさと沈められるのだった。このまま、浮かび上がらなければいいと、誰しもが思った。
何もなかったのだ。あったのは、夢。悪夢。叶わぬ夢。あの世への懇願。闇のない、まっさらな時空。
儀式は粛々と執り行われた。人々は去り、悲しみと怒りと、濡れそぼつ喜びが胎盤にも似た洗面器の中で煮込まれていた。
始まったのだ。何かがもう一つの宇宙から我々の宇宙へ侵入してしまったのだ。
である以上は、始めないといけない。その先に何があろうと、あるいはなかろうと。
(「ジェネシス」)
[冒頭の画像は、「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より]
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