赤い闇
いつしか迷い込んでしまっていた。そうとしか言えない。分からないままにここにいる。ここが何処かも言えない。
分かったようにここって言ってるじゃないかって。そもそもそう言っているお前は何なんだ?
結構、はっきり分からないって断言してる。分からないと言い切るにはそれなりの何か確かなものがあるからだろう?
まさか、我思う、ゆえに我ありじゃないけど、分からないなりに我はここにいるって、主張し始めるんじゃなかろうな?
返す言葉がなかった。何もないといいつつ、不快な感覚がゆらめいている。違和感としか言えないそれが喉の奥に、それとも眼窩の奥にゴロゴロしていて、その異物の存在感だけが確かなような気がする。
いつしか……そういつの間にか嵌り込んでしまっていた。気が付いたら、にっちもさっちもいかないでいる。闇の中を流れゆく気流に呑まれ流されて、何処かのどんづまりの一角で溺れそうになっている。
光は? 出口は? 手を伸ばせば小枝の一本もつかめるのか。流れを乱す岩の角に頭がぶつかるのか。逆巻く波。渦を巻く流れ。
渦中にいる。まさに最中にいる。闇の海の底へ沈み込むかどうかの瀬戸際にいる。
手は水面で助けを求めている。顔が天の一角を凝視している。睨んでいる。いや、足掻いているのだ。
沈みゆく石ころが泥の河に小さな渦を為し、それこそが生きる証だと叫んでいる。こことは渦のことだ。不思議な環のことだ。
ああ、だが、赤い闇が迫ってくる。コンクリート舗装された道路の下に埋められていく。口や眼から噴き出す赤い脂がここを埋めていく。こことはマグマの噴出孔か、それともアスファルトのちっぽけなひび割れなのか。
渦がますます激しく回転する。桐となって時空を突き刺す。息ができない。必死になって息をしようとする。それは足掻きだ。喘いでいるのだ。体が石になる。身も心も石になる。岩となったそれ。それはここにある。ここはそれなのだ。
ふっと我に返った。鉛のような体。息は鉛の原子の僅かな隙間を縫っていく呼気だ。吐いている。吸っている。死体となったそれを懸命に蘇らせようとしている。目覚め。目覚めとは賦活。一日の全てを費やしての復活劇。ようやく人心地付いたころには闇が待っている。赤い闇が大蛇の口を開けて、呑みこもうと待っている。呑みこまれてはならない。落ちてはならない。赤い闇の底には鉛の塊が待つだけだ。
| 固定リンク
「心と体」カテゴリの記事
- 昼行燈125「夢の中で小旅行」(2024.11.26)
- 昼行燈124「物質のすべては光」(2024.11.18)
- 雨の中をひた走る(2024.10.31)
- 昼行燈123「家の中まで真っ暗」(2024.10.16)
- 昼行燈122「夢…それとも蝋燭の焔」(2024.10.07)
「妄想的エッセイ」カテゴリの記事
- 昼行燈117「夏の終わりの雨」(2024.09.04)
- 昼行燈108「無音の木霊」(2024.08.02)
- 昼行燈105「月に吠える」(2024.07.24)
- 昼行燈104「赤茶けた障子紙」(2024.07.24)
- 昼行燈101「単細胞の海」(2024.07.19)
「ドキュメント」カテゴリの記事
- 昼行燈123「家の中まで真っ暗」(2024.10.16)
- 昼行燈114「二つの影」(2024.08.20)
- 昼行燈57「ドキュメント 脱糞だ!」(2024.01.05)
- 野良猫の怪…源五郎の夏(2022.07.31)
- あの日から始まっていた (39 独りきりの祝祭)(2022.03.11)
「創作(断片)」カテゴリの記事
- 昼行燈123「家の中まで真っ暗」(2024.10.16)
- 昼行燈122「夢…それとも蝋燭の焔」(2024.10.07)
- 昼行燈121「お萩の乱」(2024.09.20)
- 昼行燈120「小望月(こもちづき)」(2024.09.17)
- 昼行燈118「夢魔との戯れ」(2024.09.05)
「ナンセンス」カテゴリの記事
- 宇宙を彷徨い続ける(2025.01.14)
- 昼行燈125「夢の中で小旅行」(2024.11.26)
- 昼行燈122「夢…それとも蝋燭の焔」(2024.10.07)
- 断末魔(2024.10.01)
- 昼行燈121「お萩の乱」(2024.09.20)
コメント