池の底の鏡
春の陽気が濃厚に漂う。晴れ渡った空が広がって憂いほどだ。ここにいる何か。世界を眺めている。が、世界は頓着しない。喚いても泣き叫んでも知らん顔。このまま消え去っても気付きもしない。この無関心はやさしさなのかもしれない。
ある種の記号が明滅している。電池は消耗して最後の力を振り絞っている。光を浮かべない瞳。記憶を留めない心。世界の片隅で腐った板壁に拾った枝の先で何かを描こうとしている。形に意味があるのか。形を成さないと描いた途端、苔に呑みこまれるとでも云うのか。
まるで夢の中のようだ。忘れ去った……目覚めた瞬間潰え去った今朝の夢。人影なんてもう夢の中でしか出会えなくなった。迷子の心は泣いている。何を訴えて泣くんだ? 泣きっ面を晒して何処へ行くのだ。何処へも行きゃしない。ベクトルは異次元の時空を指している。与り知らえない虚空が手招きしている。
なんて強烈な吸引力。身を任せていいのか。何を映す当てのない瞳は池の底の鏡のようだ。潤してくれる水に満ちているのに、藻と鯉の糞とで汚れちまって、悲しむことさえ忘れてる。
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