私は偏在する塵
私は風に吹き消された蝋燭の焔。生きる重圧に押し潰された心のゆがみ。この世に芽吹くことの叶わなかった命。ひずんでしまった心。蹂躙されて土に顔を埋めて血の涙を流す命の欠片。そう、そうした一切さえもが神の眼差しの向こうに鮮烈に蠢いている。
蛆や虱の犇く肥溜めの中に漂う悲しみと醜さ。その悲しみも醜ささえも、分け隔ての無い神には美しいのだろう。
私は融け去っていく。内側から崩壊していく。崩れ去って原形を忘れ、この宇宙の肺に浸潤していく。私は偏在するのだ。遠い時の彼方の孔子やキリストの吸い、吐いた息の分子を、今、生きて空気を吸うごとに必ず幾許かを吸い込むように、私はどこにも存在するようになる。私の孤独は、宇宙に満遍なく分かち与えられる。宇宙の素粒子の一つ一つに悲しみの傷が刻まれる。
そう、私は死ぬことはないのだ。仮に死んでも、それは宇宙に偏在するための相転移というささやかなエピソードに過ぎないのだ。
ふと、そんなことに思い至った時、私を包んで今にも窒息させようとした頑固な殻が、カサブタの剥がれ落ちるように罅割れ、バラバラと落ち、新鮮な空気が私の肺に吸入されるのを感じた。そして私は居眠りから目覚めた。
春の夜の夢、ちっぽけな胡蝶の夢はこうして散った。
[「夢を憶する」(03/02/09)より]
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