俺の口は鍾乳洞
夜、決まって観る夢がある。口の中に石膏のような味気のない白い塊が詰まる。吐き出したいけど、粘着いて、指で掻き出そうとしても剥がれない。ドアの向こうから足音がする。近所の人か、通り過ぎるだけなのか、それとも、俺に用なのか。足音が段々近づいてくる。まずい、ドアの前で足音が止まったぞ。
口の中を懸命に穿り返している。粘膜が少々傷ついたって構わない。とにかく抉り出さないと、俺の秘密が知られてしまう。誰にも知られたくない、こんな無様な姿を見られたくない。流しに立って、水道の蛇口を直接口に含んで、石膏を融かそうとした。
何だってこんなものが喉の奥から出てくるんだ。鍾乳洞じゃないんだぞ、俺の喉は。
だが、夜ごとの茶番劇は今日も俺を悩ませる。肺からせりあがってくるのだろうか。それとも口の粘膜から漏出するのか。いや、歯茎からかもしれない。歯石が日々結晶化して、日中だったら唾液に溶かして呑みこんでいるのが、夜ともなると、開きっ放しの口の中が乾いて、白い粉が口蓋にへばり付いてしまうのに違いない。
気が付くと、奴らは既に上がり込んでいた。俺は焦った。顔を背けて、粉々にし吐き出した石膏ボードの破片たちを手に隠し持った。
見られたか? 分からない。気づかれたかもしれない。気づいて、観て観ぬふりをしているだけかもしれない。
肺が変だ。部屋中の埃を吸いこみため込んでいる。肺胞を埋め尽くしている。目詰まりを起こして息が苦しい。空気はどうした。酸素は足りているのか。
足りているはずがない。足りた試しがない。夜毎、真っ赤な闇が俺を襲う。闇が火照って俺の身を焦がそうとする。息が詰まる。息苦しさに窒息寸前だ。喘ぐしかない。ガオーという猛獣の吠え声が俺を叩き起こす。一体、どれほど眠れただろう。一時間? まさか。十分だって望めない。俺には数分だって贅沢だとばかりに深紅の闇の切っ先が俺の喉元を貫く。
疲れ切った体で暗い天井を眺める。天井の桟が腕に浮いた青い血管の筋のようだ。睡魔。俺にも訪れる睡魔は優しさと悍ましさの両面を持つ。優しく愛撫してくれるが、気が付くと愛撫の手は鉞の刃のように俺の神経を削っていく。透明な薄皮を丁寧に剥いでいく。
奴らは何処へ行ったのだろう。とっくに気が付いているはずなのに、素知らぬ顔で俺を連れていく。
ダメだ。俺は疲れ切っている。疲労困憊なんだ。朝は俺には業苦の旅の果ての躯を晒す時なのだ。
ああ、ぐっすり眠って元気いっぱいの奴ら。俺はというと、今から休みの時を迎える。今日という一日の中で、少しずつ、だましだまし疲れを取る。昼行燈になって、魂の抜け殻になって、起きているふりをして、そうして昼をやり過ごす。
頼むから放っておいてくれ。俺は休憩中なのだ。夜の間に精根尽き果てた心身を休めているのだ。
そんな理屈が通るはずもない。分かってるよ、平気なふりしてみんなに付き合うよ。付き合えばいいんだろ。
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