町の匂いがしない
足音だけが聞こえる。いや、足音さえ聞こえちゃいない。舗装された道を歩いている感触があるだけだ。…あるような気がする。そう思いたいのだ。大地を踏みしめているといえたら、どんなに感激だろう。だが、何処か夢見心地なままだ。実感があると言えば、胃袋のざわめき。喉のイガイガ。口中の渇き。ショボショボする目。腰の疼き。膝の痺れ。耳が遠くなったのだろうか、通り過ぎた二人の会話の声が風に紛れてしまっていた。口パクでもしてたんだろうか。
町の匂い。懐かしいはずの匂いがしない。感覚がぼやけている。朧だ。何処にいるのだろう。ここという感覚があやふやだ。そういえば、ここ一か月誰とも話してない。する必要が生じない。浮いている。ここにいる誰か。あそこにいる誰か。誰でもいい、呼び止めてくれないか。声を掛けてくれないか。思わず悲鳴にも似た声が出そうになる。助けてほしいのだろうか。何をどう助けてほしい、と聞かれたらどう答える。返事のしようがないじゃないか。黙っているに限る。ただ、素知らぬ顔をして通り過ぎればいいのだ。静かに消え去れば全ては無事終わる。だろう?
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