スキー靴の思い出
もう、一回り以上も昔のこと、急に会社でスキーに行く話が盛り上がった。
というより、しばしばそんな会話が交わされていたのだが、何故かその話の輪に小生が巻き込まれてしまったのだ。
小生は、内気な人間なのか、自分から誰かを誘ったりはしない。しない、というか、できない。例えば、テニスとか、あるいはゴルフとかの話が出ると、何となくその話題の渦中に忍び寄り、誘っていただくという寸法なのである。
で、スキーも、そういう次第だった。つまり、小生がスキーに関心を持ったから、そんな話題に耳を傾けた、と表現したほうがいいのかもしれない。
さて、「お前はスキーに行ったことないんだろ、滑れるのか?」という社長等の冷やかしの言葉やら、「でも、雪国の人なんだから、滑ったこと、あるわよね」という女子社員の興味津々の問い掛けやらが、小生の周囲を飛び交い始めた。
そう、もう、小生、一緒に行くと宣言してしまったのである。
内心、冷や汗だった。そう、確かに小生は雪国生まれである。スキー板を履いて滑った体験はたっぷり、ある。ミカン箱の下に竹を釘で打ち付けて、即席の橇を作り、小高い山から滑り降りたことも、ないわけじゃない。
が、その小高い山ってのが、問題なのである。その山は、せいぜい、数メートル。恐らく、一番高い山で10メートルで、ほとんどは2、3メートルの雪山に過ぎない。
雪山って、つまり、道に降り積もった雪を脇に除ける必要があるのだが、そうした除雪で生じた小山とか、あるいは屋根から滑り落ちて堆くなった邪魔な雪の堆積塊のことである。
それでも、そうした<山>から滑れば、それはそれで楽しかったのだ。
思えば、小生の郷里は、ほとんど起伏のない地だった。やや久しい昔の幾度も繰り返された洪水などで形成された平野部のど真ん中にあり、何かの建物でもなければ、起伏など生じようがないのである。何処か、子供の足では遠いところまで遠征でもしないと、百メートル規模の山など望めなかった。
今、小生は東京に在住しているが、東京がこんなにも坂の多い街だとは、住んで初めて知った。江東区などの埋立地以外は、小高い山や岡が広がり、その岡を削るようにして無秩序に街が出来上がった場合が多い。城下町とはいいつつ、山の手の武家屋敷跡に出来た町は、みんな坂道で繋がっている。しかも、その道が曲がりくねっていて、初めて来た人は、迷路のように感じるかも知れない。
今にして、郷里の地の、まさに田園などに相応しい地の利を再認識した次第である。
さて、話がまた、逸れた。
つまりは、小生、平坦な田舎の田圃をスキー板を履いて走ったとか、あるいは、小学校のスキー山(昔、豪雪に苦しんだ時、せっかくだからと、校庭の脇に標高10メートル弱の小高い山を作ってもらったのだ、そう、スキーをするために)で少
々滑ったくらいしか、経験がなかったのである。
小生の家では、誰彼が連れ立ってスキーをしに行くという趣味は当時、持ち合わせていなかったこともある。
しかし、行く、一緒に滑ると宣言してしまったのだ。今更、あとには引けない。
行くのはいいのだが、小生はスキー板もスキー靴も、スキー用の服も、とにかく何も持っていない。二度目、三度目にスキーに行く時は、小生は、スキー場で借りるように習慣付けてしまったが、最初ということもあり、周りのみんなの言いなりになった。
服装については、小生が、日頃、オートバイに乗っていることもあり、少々、勝手が違うのだが、オートバイ用のジャケットやオーバーパンツ、そしてグローブで間に合わせることにした。みんな、それでいいじゃん、というし。
で、スキー板もスキー靴も、会社の同僚から借りればいいってことになった。その彼は、もう、スキーは卒業したし、貸してくれる用具も古いので、初心者には丁度いいということになったのだ。
さて、しかし、借りた相手が悪かった。小生より若干、背が小さい。背だけではなく、足のサイズも小さい。早速、持ってきてくれたスキー靴を合わせてみる意味もあり、試しに履いてみたが、実際、窮屈ではある。でも、履けないこともない。
「どう?」と、女子社員たちが口々に聞く。
「うん、いいんじゃない」と、小生は、つい、言ってしまった。せっかく持ってきてくれた同僚にも悪いし、気の弱い小生は、他に返事が浮かばなかった。
それが悪夢の始まりだったのだ。
(02/01/30)
[「無精庵徒然記」の「懸想文(売) 」の項で、スキー靴に纏わる話題を出したので、本稿は関連する小文ということで、急遽、アップする。三年前に書いたものだが、今、読み返してみて、中途で終わっていることに気付いた。というか、ここから先こそが話のメインなのに。そのうちに書き足したいものだ。]
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