赤いシーラカンス
← 小林たかゆき作「題名不詳」 (画像は、「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)
「赤いシーラカンス」
不思議の海を泳いでいた。粘るような、後ろ髪を引かれるような海中にもう馴染み切っていた。
髪を掴まれて、何処へでも流れていったって構わないはずだ。
なのに、妙な意地っ張りな心が前へ、前へ進もうとする。
緑藻の長い腕が、ビロードの肌で絡みついてくる。紅藻が乳糜を沁み出して呑んでいきなさいよって、誘っている。
うっかり呑んでしまっていいんだろうか。思い切って、乳首にしがみついて、ちゅるちゅるしちゃっていいんだろうか。
ああ、でも、あいつのことがある。つい誘惑に負けて口に銜えたばっかりに、奴は唇が裂け、喉までが裂けてしまった。咽頭弁がズタズタだったっけ。
あれは乳糜なんかじゃなかった。胃酸が肉壁を溶かし突き破って溢れ出していたんだ。
渇いている。肉体が欲している。しがみつきたいし、押し倒したいし、突っ込みたいし、全てを吐き出してしまいたいのだ。
海綿体が憤懣に今にも破裂しそうだ。御影石に傷つけたくてならない。
ああ、海水なんてもんじゃない、膵液だ。肉も骨も融かそうとする。魚はすり減った鱗を撒き散らしながら、流れ去っていく。
唾液が丸まって泡になって浮き上がろうとしている。溜息が煮え滾る泡となって波間を飛び去って行く。
赤い腰巻き姿の女が妖艶な笑みを浮かべて待っている。飛び込めばいいのよ。待っている、待ち草臥れているんだから、もう!
髄液が亀裂の底へ流れ込んでいく。食べたばかりの肉が、肉汁が染み出してくる。喉へ流れていかないのか。下鼻甲介にまで胃液が溢れ出す。
鼻の穴の中で、赤と黒の闇がまぐわっている。もんどりうって、口の中にまで落ちて行っちゃったよ。
( 冒頭の絵を観ながらの冥想。2018/08/30 作)
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