赤い闇
どこをどう歩いて行っても、逃げるように遠ざかってみても、まして開き直ってその場にへたり込んでみても、ズルズルと後退していく。不意を打つように後ろへ飛び去ってみても、奴には同じなのだ。
→ ヴォルス Wols (Alfred Otto Wolfgang Schulze) [title not known] c.1944–5 (画像は、「Wols (Alfred Otto Wolfgang Schulze) 1913-1951 Tate」より)
高みの見物とばかり、そう、高い空を舞う鷹のように、獲物をじっくりと追っている。
こっちがじたばたしても、地上を右往左往するウサギのように、滑稽に見えるだけなのだ。
眼光は鋭い。焦点は定まっている。照準はピタリ合っている。
ああ、それだったら、じらしたりせず、いっそのこと一思いにやっつけてくれればいいんだ。
逃げるのに草臥れ果てている。息も絶え絶えなんだ。
何事にも拘らない風を装ってみたりする。
いや、そんな風をわざとらしく演じてみても、傍からは何とも思われちゃいない。何にも感じずに、のほほんと生きているだけと思われている。
分厚い皮膚に覆われて、目だって細くて、表情なんて伺えないらしい。
周りで、悲しいことがあっても、欣喜雀躍していても、こいつは、いつもと同じように、ぼーんやりしている、我関せずを決め込んでいる、そう見られている。
世界は、あの日、そう世界が生まれたあの日、いや、何かがこの世の光を観たあの日、真っ二つに引き裂かれていた。ど真ん中で奇妙に裂けてしまって、深淵が顔を覗かせていた。
みんなが闇の底の深さに驚愕していた。
世界は股裂きの刑に処せられた。
口は歪んでいた。悲しいという叫びさえ、苦悶に引き攣っていた。
引き攣っていたのは、周りのほうだ。生まれたばかりの世界は、ただ、赤い闇の煮えたぎる命を持て余していた。
世界は、縫合されないまま、蓋をされた。臭いものに蓋。
なかったことにしたかったのだ。生まれなければよかったのだ。
応急の縫合は、震え慄く手には余るのだった。無理はない話だ。同情したいくらいだ。
もう、闇雲に傷口を塞ぐばかりだった。
そんなのは初めてのことじゃない。よくあること。嘗てあったし、これからだってあること。ちょっとした自然の手違いに過ぎない。
自然だって、間違うことはある。いや、間違えてばっかりなのだ。たまたま、瑕疵が目立つだけのこと。
傷口を肉片で覆って、あとは、目を逸らし続ければ、どうってことはない。
赤い闇が口を開けている。
何かを呑み込もうとしている。肉を、骨を、脂身を、命を。
産声は濁っている。消えたいよー、元の闇の世界へと舞い戻りたいよーって、哭いている。見守る誰もかれもが啼いている。
マグマが噴き出す、産声混じりの噴火。溶岩が溢れ流れ垂れていく。
世界はこのようにして、始まってしまったのだ。
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