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2016/08/11

靄の中の女

 靄(もや)のかかった池の脇を通りった。
 そんな場所に行くつもりなどなかった。

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 郊外の新興住宅地の一角を歩いているはずが、一歩、裏道に踏み込んだら、そこは野原。
 目的の家が分からない。建ったばかりで、表札もない、ただ、目印にパンダ(フィアット)の中古車を表に止めてあるという。
 奴の愛車なのだ。何処を見渡しても、それらしい車が見つからないってことは、奴はまだ帰宅していないのか。

 時間潰しに野原に分け入ってみた。住宅街の間近なのに、こんな広い空き地があるなんて、やはり、ここは田舎。
 そのうち、この池に行き当たったのである。
 夏の光が池の面に満ち溢れている。目に眩しいほど、真っ白な光の洪水…。
 が、輝いているはずの光が、なぜか曖昧に崩れていくのだった。
 いつしか靄がかかってきたのである。晴れ渡った、雲一つないはずの空だったのに、この辺りだけ、妙に湿っぽい。

 それにしても、オレはなぜ、薄く白い煙を見て、霧じゃなく、靄という言葉が浮かんだのだろう。
 靄と霧の違いは何処にあるのだろう。説明を求められても、正確には答えられない。
 でも、いま、目にしているのは、靄に違いないと直感したのだった。
 霞んだ光景。朧な眺め。
 遠い日の思い出が脳裏に浮かんでいたからなのかもしれない。

 黄砂のような靄の中、あの人が池の傍に佇んでいた。
 あれは秋口のある日のこと。二人きりで山の道をどこまでも歩いて行った。二人の間に言葉の欠けらもなく、あるのは、凍て付いた空気だけ。

 オレは自分の中の妄想に戸惑い、あいつは頑なな心を持て余していた。

 待っていたに違いないのだ。
 すべてはオレ次第だったはずなのだ。

 オレには一歩を踏み出す勇気がなかった。
 一つの傘の中、寄り添ったこともあったのに、あいつの肩を抱いたこともあったのに、オレが黄色い薄闇の中を突っ切ってでもあいつに迫って行けばよかったのに、オレは何かに怯えるばかりだった。

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 不意に眼球を切り裂くように、光の刃が一閃した。オレの甘っちょろい懐旧の念を切り裂いた。
 今は、夏の真っ盛りなのだ。秋の日の思い出は切り刻まれて、影も形もない。あいつが消え去ってしまったように、オレすら自分の形を見失っている。

 あるのは、黄色く曖昧な分厚い闇の空。
 心も眼も思いすらも濁り切ってしまっている。
 汚れ爛れて見る影もない世界。

 ああ、それでも、未練がましく、オレは今、何かをまさぐっているのだ。

(「靄の中の女」(2016/07/31)より。尚、文中に掲げた画像は、それぞれ順に、「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」及び「靄 - Wikipedia」より)

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