私は歩く人
この世界は広いって、つくづく感じることがある。
別に地球儀を見て、改めて気付いたってわけじゃない。
← Glenn Brady作「weeping man」 (画像は、「glenox66 (glenn brady) - DeviantArt」より)
ただ、自分がこの世界の中にポツンと放り出されている。自分があまりにちっぽけ で、世界どころか、自分の周囲さえ、ろくに見通すことができないことを、何故か不 意に実感してしまったのだ。
きっと自分の心があまりに窮屈で、それに臆病なものだから、井戸の中にいて、四 角く限られた天を眺めやることに慣れ過ぎたんだろう。
けれど、もっと大きな切っ掛けは、世界の遠く離れた世界にあの人が行ってしまっ たってことだ。ほんのついこの間までは、自分の目の前にいたし、昨日、会い、今日 も会ったのに、明日は、決して会えないことに気づいた瞬間、私は、ふいに世界が広 すぎるってことに、初めて気付かされたんだ。
→ Glenn Brady作「on the pathway 」(90cmx70cm) (画像は、「glenox66 (glenn brady) - DeviantArt」より)
世界が、たとえ真っ昼間であってさえも、時には真っ暗闇に陥ることのあることを、 私は、知ってしまった。あの人の残像が、あまりに鮮やかに脳裏に浮かぶ。あの人の 面影が、今、目の前にある陽だまりよりも目を滲ませる。
世界でたった一人の人、かけがえのない人、そんな人を失った瞬間、世界はまるで 馴染みのない、余所余所しい世界へと変貌してしまった。道行く人が、みんな用事が ある。それも、少なくとも自分には関係のない用件を抱えて急いでいるように見える。 みんな誰かに会いに行く。けれど、間違っても、この私じゃないことは、表情を見れ ば分かる。
世界は伸び広がったんだ、あの日を境に。ますます広がっていって、昨日の自分さ え、他人と思われたりするようになる。私とは、今の、茫漠たる掴み所のない靄。昨 日も明日もない。吐き出したいほどの孤独感。
← Glenn Brady作「 lost 1.」 (画像は、「glenox66 (glenn brady) - DeviantArt」より)
だけど、その清冽な感覚は、自分をさえ満たしてくれない。私とは空白。
世界でたった一人の人を見失って、私は自分をも手放したんだ。
どこまでも拡張していく宇宙。いつまで経っても拡大するだけの宇宙。
ある日、ふと、あの人の影が私の心をかすめていった。手を差し出したら触れられ ると、思った。勇気を出して手を出したよ。
でも、あの人は、いなかった。ねじれの位置であの人は、見知らぬ誰かに微笑みか けるだけなんだ。もう一度、冗談でもいいから私に微笑みかけてほしい。
けれど、交差する二つの直線は、もう、決して交わることはない。世界は三次元。 否、四次元。否、もしかしたらそれ以上の次元が輻湊している。私は、白い闇の海の 底で、海の上の大気を思う。もう、歩きたくない。歩けば歩くほど、あの人から遠ざ かるのだから。
→ Glenn Brady作「marketing beast arrives」(90cmx70cm) (画像は、「glenox66 (glenn brady) - DeviantArt」より) グレン·ブレイディは、クイーンズランド、オーストラリアの画家。 以下、「Glenn Brady Australia paintings」など参照。「CombustusGlenn Brady, Painter, Queensland, Australia - Combustus」も、画家の写真もあって、参考になる。
けれど、生きているということは、歩くってことなのだ。
だから、私は歩く。ひたすら遠くへ。ただ歩くために。
(本文(「私は歩く人」(01/11/30 作))は、掲載した画像の背景、壁紙です。)
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