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2014/10/01

臆の夢

(前略)神の慈愛に満ちた眼差しはとりあえず今、生きている存在 者たちに注がれるだけでなく、土や埃や壁や海の水や青い空に浮かぶ雲や、 浜辺の砂やコンクリートやアスファルトやプラスチックやタール等々に、均 しく注がれているはずなのである。

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← お絵かきチャンピオン 作「パブロン」 (以下、作者ホームページ:「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」)

 神の目から見たら今、たまたま生きている生物だけが特別な存在である理 由など、全くないのだ。あるとしたら人間の勝手な思い込みで、自分たちが 特権を享受している、神の特別な関心が魂の底まで達しているに違いないの だと決め付けているに過ぎないのだ。

 この私である彼は、空中を浮遊する塵や埃と同一の価値をもつ。価値とは 神からの恵みだ。その恵みは地上だろうが、あるいは宇宙空間だろうが、全 く等距離の彼方にある。それとも、全く、等距離のすぐそこにある。

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→ お絵かきチャンピオン 作「リポビタン」

 宇宙の永遠の沈黙。それはつまりは、神の慈愛に満ちた無関心の裏返しな のである。神の目からは、この私も彼も、この身体を構成する数十兆の細胞 群も、あるいはバッサリと断ち切られた髪も爪も、拭い去られたフケや脂も、 排泄され流された汚泥の中の死にきれない細胞たちも、卵子に辿り着けなか った精子も、精子を待ちきれずに無為に流された卵子も、すべてが熱く、あ るいは冷たい眼差しの先に厳然とあるに違いないのだ。

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← お絵かきチャンピオン 作「バファリン」

 この私とは塵や埃と同然の存在。それは卑下すべきことなのか。  そうではないのだ。むしろ、この地上の一切、それどころか宇宙にあると ころの全て、あるいは想像の雲の上を漂う想念の丸ごとが、神の恵みなので あり、無であると同時に全であることを意味しているのだ。
 私は風に吹き消された蝋燭の焔。生きる重圧に押し潰された心のゆがみ。 この世に芽吹くことの叶わなかった命。ひずんでしまった心。蹂躙されて土 に顔を埋めて血の涙を流す命の欠片。そう、そうした一切さえもが神の眼差 しの向こうに鮮烈に蠢いている。
 蛆や虱の犇く肥溜めの中に漂う悲しみと醜さ。その悲しみも醜ささえも、 分け隔ての無い神には美しいのだろう。

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→ お絵かきチャンピオン 作「ホワイトシティーの残骸」

 私は融け去っていく。内側から崩壊していく。崩れ去って原形を忘れ、こ の宇宙の肺に浸潤していく。私は偏在するのだ。遠い時の彼方の孔子やキリ ストの吸い、吐いた息の分子を、今、生きて空気を吸うごとに必ず幾許かを 吸い込むように、私はどこにも存在するようになる。私の孤独は、宇宙に満 遍なく分かち与えられる。宇宙の素粒子の一つ一つに悲しみの傷が刻まれる。
 そう、私は死ぬことはないのだ。仮に死んでも、それは宇宙に偏在するた めの相転移というささやかなエピソードに過ぎないのだ。
           (以上、「夢を憶する」(03/02/09)より抜粋)

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← お絵かきチャンピオン 作「伸び逝く空の広さかな」

(前略)女の子の体に触れることが、 彼の現実の全てだった。肌、肉、汗、体臭、尿、髪、爪、歯、舌、臍、尻、 背、腿、指、脂、そして最後は血と反吐だ。現実とは、物質的恍惚以外にあ りえない。言葉だって、体臭だって、外観だって、印象だって、要するに現 実の一種だった。触れること、それ以外に愛の形はありえない。思い出の中 だって、面影ではなく、体臭と体温と体液と化粧の順列と組み合わせがある ばかりだった。
 ベッドとは、一つの宇宙だった。際限もない宇宙、混沌と秩序が、コット ンと膣女が、どこまでも追いかけてくる。彼には街がベッドのように感じられた。無数の男どもと女達の泳ぎ回る巨大な水槽なのだった。彼が追いかける、彼を追い回す。

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→ お絵かきチャンピオン 作「木がありますその下の土を掘るのです」

 接しては洩らし、あるいは接してはいないのに洩らし、 思っては垂れ、あるいは女の底抜けの顎に呑み込まれる。あるいは無闇に絡 み合って一体となった肉の塊が、その頭をあるいは尻尾を食らい合うウロボ ロスの群れ。街頭の信号も看板もショーウインドーも路上の吸殻も、全ては オブジェだった。男から女への、女から男への。
          (以上、「憶する」(03/02/08)より抜粋)

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