蒼白の闇
雪を恋しがっているのだろうか? まさか! むしろ降雪を怯えているくらいだ。雪に恨みはないけれど、降らないでいてほしいと切に願う。
雪の日々を待ち焦がれていたあの頃、俺の命は赤々と燃えていたのだろうか。凍て付く天の怒りにも似た空気の澄明ささえ、心気を奮い立たせてくれた。
真っ白な原をどこまでも歩いて行った。藁靴に、カンジキまで付けて、もう万全の足回り。頭っからお袋の蓑帽子をかぶり、下には褞袍(どてら)そして股引だもの、何を恐れることがあろう。
ボタン雪が舞っている。ちらほらちらほらと踊っている。おどけているのかもしれない。
高い高い空からやってきたのだもの、それに生まれたばかりなんだし、地に舞い降りる前にたっぷり自由の時を満喫しているのだろう。
ボクは歩き疲れると、何処かの雪の山に寄りかかり、顔を天に向ける。蓑や藁から湯気が立ち上ってくる。
口をぽっかり開ける。すると、口からも真っ白な息が。
吐く息は、命の塊。吐いても吐いても命は尽きることはなかったものだ。
真夏の空よりも遥かに高く蒼い空。無数の小さな真綿たちがボクの顔を優しく叩く。
雪の小山という至上のベッドに抱かれて、ボクはいつしか、天へと誘われていく。
だって、雪が降っているんじゃなくて、ボクの体が宙に浮かんでいくんだもの。
吐息で顔にぶつかる雪を払おうとする。無邪気な抵抗。雪が頬で溶けていく。まつ毛に止まった雪がやがて
砕けて溶けていく。まるで涙のように頬を伝う。
遠い町へ、高い空へ、深い谷間へ、ボクは一人、旅していった。
どんな見知らぬ土地へ行っても帰る場所があった。
今はどうだ。帰る場所どころか、行く場所さえ見失っている。俺は何処までも渦を巻く蒼白の闇で窒息しそうではないか。
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