黒い涙
雨は降るのに地は罅割れている。
風は吹くのに、木の葉はそよぐのを忘れている。
あなたが微笑みかけている…らしいのに、わたしはあらぬ方を眺めるばかり。
それもこれも、黒い雨のせいだ。
焼け焦げ蒸発し去った地の肉や骨や埃が舞い上がり天空の涙に融けて黒い雨となって地に舞い戻ったのだ。
黒い涙の筋が無数に刻み込まれる。
そう、黒い雨が乾いたあとの、数知れぬ黒い筋を描いているのは、乾ききった情念の骸。
眺める…。一体、何を眺めることがあろう。目は焦点を結ぶことを忘れて久しい。世はあまりに暗く眩いではないか。
忘れてならないことはきれいさっぱり忘却の海に流し、覚えるに由無きことは眼前を浮塵子(ウンカ)のように纏わり付く。
血は砂のようにさらさら流れているのに、心は騒がない。
肌は能面となってあなたの心を撥ね付ける。
脱け毛は塊となってアスファルトの路面を転げていった。
ゴロゴロ、ゴロゴロと。
茫漠たる空白の胸を覗き見る。何も見えてこない。何も浮かばない。
豊饒の地に紛れ込んだ痩せ犬が餌を求めてうろついている。
食い物なら、あそこにも、ほら、そこにだって落ちてるじゃないか!
骨にこびりつく、腐りかけた肉や皮が。
見えない? 鼻が利かない?
だったら、カラスが貪ってもくれようというもの路。お前も傍の骨の一つになるだけのこと。天下泰平の日々が続くだけのこと。
全ては行き着くところまで行き着けば、死のような静寂が世界を支配してくれる。何も始まらない、何も終わらない、夢のような極楽地獄。
世界は、原始の力が睥睨し、剥き出しの欲望が鎬を削る。
削られ抉られ磨り減った命の名残りが埃となって風に舞う。酷薄な欲情が陽光の滾りとばかりに蒼白なる魂を焼き焦がす。
やがていつかは、この地にも花が咲くのだろうか。
かもしれない。
なぜなら、崩れたコンクリートの壁面から、それとも、アスファルトの路面から、骸骨の眼窩からさえも、名も知れぬ草が生え始めている。看たことのない黴や草たちの野。
そして、雑草のあとを追うように、生き物どもが蠢き出すに違いないのだから。
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