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2013/05/31

葡萄の涙

 コーヒーゼリーの中に煌めくもの。
 一閃する光。
 気が付く間もなくダークブラウンの闇に溶けていく。

 闇の海に黒い影が過る。
 コーヒー豆? ブルーベリーの実? 葡萄の実?
 干し葡萄のように皺くちゃな粒が数知れず、濃密な闇に蠢いている。

 そうだ、オレは夕べ、何かの果物を切ろうとしていたのだった。

 果物ナイフがなくて、古びた包丁でリンゴを真っ二つに断ち割ろうとした。
 が、リンゴは恐ろしく固かった。

 包丁の刃など撥ね付けてしまって、何度も包丁を振り下ろすオレを嘲笑うかのようだった。
 汗が滲んだのか、しまいには、取っ手がぬるぬるして、まるで力が入らなくなってしまったのだった。
 ついには、柄が抜けて、刃が飛び去ってしまった。
 リンゴの果汁のような汗が体中から溢れ出していた。

 真っ赤な果汁。
 脂塗れのどろっとした果汁。
 赤い? 脂? 

 違った。リンゴの果汁なんかじゃなかったのだ。
 それは、オレの血だった。
 いつの間にかオレは包丁の刃を握っていたのだ。
 そう、刃は選りによってオレの胸を突き刺してたのだった。
 そうか、あのえも云えぬ快感はそのせいだったのか!
 不思議なのは、赤血球がやたらと大きいことだった。

 血小板ですら、カカオ豆ほどだ。リンパ球がパチンコ玉と見紛う。

 そうなのか。あれは、コーヒーゼリーなんかじゃなかったのだ。どす黒い血。酸欠の血だったんだ。
 
 分かったよ。もう、分かったんだってば!

 なのに、夢は醒めない。
 それどころか、包丁の刃のはずが、いつの間にか諸刃の剣となっている。
 手を翳して防ごうとしても、刃は我が身に食い込んでくる。
 握って、その蠢きを押しとどめようとしても、刃は獲物を得たぞとばかりに、一層、体躯を捻らせスクリューとなって、我が身を抉ってくるのだった。

 オレは、濃紺の闇へと沈んでいった。刃から逃れようと。
 が、諸刃の刃もオレを追ってくる。
 闇の中の蒼白の煌めきがオレに付き纏う。
 なぜかもう、赤紫の闇の時のようには、オレの身を抉ろうとはしない。
 その代り、オレの身を甚振るかのように、あちこちを撫で摩るかのように、刃がオレに纏わり付く。
 違った! それらはオレの体毛なのだ。
 体中を無数の微細なる諸刃の剣が取り巻いている。
 
 何処かで観たことのあるような、懐かしい光景。

 必死になって、何処で観た眺めなのか、思い出そうとした。
 間違いなく、一度ならず、観たことのある、荘厳なる情景。

 ああ、そうだ、卵子に飛び入らんとする精子たちだ。
 選別し選り好みする卵子のエゴ。
  
 何故か急に吐き気を催してきた。
 それとも、久しぶりの吐血の感覚なのか。

 毛嫌いする、それ。
 オレは透明な闇の海を飛び出さないといけない。
 オレの居場所は、海ではなく、空。
 空の空。
 空無の崖。

 乾ききった路上の砂利。
 踏み潰された葡萄の実たちの快哉。
 それはオレだ! という悲鳴にも似た叫び。
 その瞬間、オレはやっと夢から解放された。


(過日、溝の落ち葉を拾おうとして、グレーチングを外そうとして手を滑らし、私の手の指がグレーチングと溝のコンクリートの角との間に挟まれ、血が滲んでしまった。久しぶりに自分の血を見て感動して…。いや、それとも、最近、薔薇付いているから、その安直すぎる連想の結果なのか…。)

(以上、「路上の砂利」(2013/05/30)の転記です。一部、手直し。「「得も言われぬ味」と、物書きなら絶対に書くな。 いいコトバ」は勉強になりました。(2013/05/31転記に際し、付記))

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コメント

国見弥一さま、この度はトラックバックありがとうございます。
充実したブログですね。
「得も言われぬ味」は、私のブログの中では結構、検索頻度が高い言葉です。
ステレオタイプな表現を使うな、ということですが、確かに戒めになりますね。

またブログご覧ください。
この度はありがとうございます。

投稿: 川中紀行 | 2013/05/31 20:43

川中紀行さん

「得も言われぬ味」が縁で知り合うなんて、奇抜で面白いですね。
せっかくなので、TBさせてもらいました。

独自なテーマでのブログ、ユニークです。

今後ともよろしく!

投稿: やいっち | 2013/05/31 22:17

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