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2013/02/19

ツイッター小説(4)

私は異変に気づいていた。でも、今ならまだ間に合う。山に小屋を作った。そこに必要なものを備え、籠ることにした。準備が整った。小屋に続く道は草に埋もれ、倒木の橋は外した。もう、後戻りはできない。私は、何故ここにいるかも忘れ去った。認知症が進行したのだ。私は消えた。
レモンを手にし、私は作家を気取った。レモンを古書店の画集の上に置けば、沈鬱な店内が瑞々しい世界に変わってしまう。一か月後、こっそり覗きに来たら、変わり果てた物体が残っていた。あれはレモンだったとは、誰も分かるまい。それにしても店主は? 見ると店主も屍と化していた。
空っぽだった。森閑とした都会。雑踏の只中の耳をつんざくほどの沈黙。高周波音がオレの鼓膜をビリビリと引き裂いている。肉が真っ暗なのか、それとも血が滴って真っ赤なのか判別できない遠い世界に引っ張られていく。世界の穴を埋めなければならない。
私は風に吹き消された蝋燭の焔。生きる重圧に押し潰された心のゆがみ。この世に芽吹くことの叶わなかった命。ひずんでしまった心。蹂躙されて土に顔を埋めて血の涙を流す命の欠片。そうした一切さえもが神の眼差しの向こうに鮮烈に蠢いている。蛆や虱の犇く肥溜めに漂う美こそ命。
私は融け去っていく。内側から崩壊していく。崩れ去って原形を忘れ、この宇宙の肺に浸潤していく。私は偏在する。孤独は、宇宙に満遍なく分かち与えられる。極微浮遊塵の一つ一つに悲しみの傷が刻まれる。私は死ぬことはない。死とは、相転移というささやかなエピソードに過ぎない。
言うなら今しかない。明日は卒業だ。あの人は違う学校へ行ってしまう。会えなくなる。それでいいのか? でも、告白する勇気がなかった。あの人が俺の前を通り過ぎる。俺があの人の前を行き過ぎる。その繰り返し。今度こそ。あの人が目の前にいる。「好きです」の声の二重奏が響いた。
今さら俺は不合格だとは言えない。誰もが楽勝で合格だって思っていた。誰よりも俺が! なのに、落ちた! 試験問題は俺の好みのものばかりでラッキーって快哉の声をあげそうになったくらいだ。多少は割り引いても、合格ラインは軽く超えていたはずだ。なのに!ああ、名前の書き忘れ!
切羽詰っていた。やるっきゃない。でも、踏ん切りがつかない。眼下を覗いた。足が竦む。時間が限りなく長く感じられる。あと数分後には俺はこの場から消え去っているのだろうか。それとも、依然としてここで惨めな姿をさらしているのか。決めた。飛び降りるんだ。バンジージャンプ!

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