雪掻きの音
なんだかもどかしいような切ないような夢で目が覚めた。
夢の内容は、目覚めた瞬間に忘れた。
真っ暗闇の中に光を見たような気がしたけれど、光の輪が閉じていくようでもあった。
尿意を覚える。
寒い。トイレに行かないと。
トイレに近い寝室から父の咳(しわぶ)きが聞こえてくる。
ベッドから身を起こす気配が感じられる。
ファンヒーターが運転延長の合図音を鳴らしている。
ピーピーという音がやけに物悲しい。
あの咳きは、オレへの催促…なのか…
ベッドを降りて離れているファンヒーターを操作するのが億劫なのだろう。
知らん顔してトイレへ向かう。
トイレに入ると、オレは必ず窓を開ける。
開けなくても、外が一面の銀世界だといことは分かっている。
摺りガラス越しに新雪の眩い光が漏れ入ってくる。
雪が相変わらず降っている。
寝入る前に比べ、二十センチほど積雪が増している。
朝が来る前に除雪しておいたほうがいい…
明朝には四十センチほどになってしまう。今のうちなら、まだ除雪も楽…
それは分かっているけれど、外に出る元気が出ない。
就寝前に使った合羽はまだ濡れたままだろうし、羽織る気になれないのだ。
近所の家の人が雪掻きしている。
人影は塀の向こうで見えないけれど、スコップで雪を掻く響きが凍てつく夜の底に泣いているように聞こえてくるのだ。
きっとあの家のお爺さんだ。
働き盛りの主人も、中学生の男の子もいるのに、雪掻きはお爺さんの役目なのだろうか。
スコップがコンクリートを擦る音は怠惰なオレを責めるようでもある。
もっとお前にはできることがあるだろう! と。
思えば、オレが帰郷する前は、父がずっと一人で雪掻きしてきたのだ…
窓外の雪景色を眺めていたら、目が痛くなってきた。
純白すぎる雪がオレの目を幻惑したのだ。
不意に、何も見えないような感覚があった。
真っ白なような、真っ赤なような、それでいて真っ暗な白けた闇。
真夜中に雪に眺め入ってはいけない、そんなことは分かっているのに、オレって奴は。
こんな時は、涙を流すのが一番だ…
トイレを出たら、父の咳きがまた聞こえてきた。
あのわざとらしさが煩くてならない。
一瞬、もしかして灯油が切れたんじゃないか、という疑念が浮かんだ。
けれど、オレは雪の礫(つぶて)で窓を拭うように、胸騒ぎのような心の揺れを凍てつかせた。
オレは寝床に潜り込んだ。
もう一度、オレの体温で布団を温めなおさないといけない。
オレの部屋の暖房は就寝前に切ったきりなのである。
夢の続きを追おうか。
あの消えゆく光の輪は何だったのだろう。
何としても輪を閉じさせてはいけない。
オレにそんな気力が残っているのか。
分からない。
何も分からない。
ただ、この世界には、夢を貪る自分が居るだけなのだ。
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