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2012/06/20

「ラヴェンダー・ミスト」断片

 私はきっと自分だけの楽しみを求めているに違いない。だがそ れが何なのか自分でも分からないでいるのだろう。
 今、目の前に 獲物がある。それをひたすらに追う自分の姿を突き放したような 冷ややかさで見ているのだ。その気持ちの正体が何かは言葉では 表現できるようなものではないと思われた。
 私は肉の海で溺れて みたかった。溺れ込み、沈み込んで、圧倒する濃密な汗とよだれ の滴る歓喜の修羅場の只中で、自分の身のうちにしつこく潜み根 付いてしまった、決して何者とも和することのない眠らぬ虫を殺 してしまいたくてならないのだった。

 女の肉が私の肉と区別し難 いほどに交わって、私は白いふくらはぎ、それとも柔らかな和毛 (にこげ)に覆われた深くて細い小川の魚をつっつく水鳥、ある いは金剛像に纏わり付く蛇だった。
 薄明かりの部屋の中で石ころ が転がって、ありとあらゆるところにぶつかり、積年のうちに堆 積した垢や苔を嘗め回し削り取ろうとしていた。燃え上がる欲情 の洪水が浜辺の砂山を押し流すのだった。
 できれば同時に私を食 い尽くす虫をも窒息させてほしいと思った。

 気怠い淀んだ空気が漂っていた。私から女に注がれた精力も彼 女の肉体の精気と一緒に浮遊し、中空で性懲りのない戯れを演じ ていた。
 女は隣で軽い鼾(いびき)を立てている。裸のまま体を 折り曲げて、無邪気な顔を枕に埋めるようにして寝ているのだ。 私はその幼さの残る寝顔を見ながら、いつもの性癖を果たしたい という欲動がむくむくと湧いてくるのを憂鬱さと、そして少しば かり待ち遠しいという念で待っていた。こうなったら私にはもう 制する力は残っていないのだ。私の中の遥か奥の院の何者かが勝 手にやっている、そうとしか私には言えない。


「ラヴェンダー・ミスト」p.31-2(『化石の夢』所収)

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