オレは蛇
縄というより、蛇だった。蛇がニョロニョロと這い回っているのだった。蛇は、泥の中を、土の中を、そして土器の周りを冷たい目と冷たい胴体とで経巡っていた。絡み取っていた。熱い血肉を冷たい胴体に隠している。滾るような血肉が、てらてら光る蛇の長く折れ曲がった身体に蔵されている。
蛇は、闇から闇を渡り、どんな透き間をも見逃さず、どんな穴にも入り込み、狙った相手の体と蛇の身体との間には、微塵の透き間もない。ねちねちと絡む。へばり付く。絡みつく。泥の造形物を幾重にも取り巻く蛇の胴体。
蛇はオレだった。オレの途方もない延長だった。オレは、蛇となり、あの温かな土器の体に纏いつく。手で造形された土器。手で捏ねられた壺。手のどんな横暴にも素直に応える土の、しなやかで、あたたかで、したたかな抵抗。 ああ、蛇はオレだった。オレの一物だった。オレは、土器という名の女に絡み付いているのだった。蛇は、時に御柱の如くに猛々しく、雄雄しく、神々しく、猛り狂い吼え捲る。それは竜の化身。
それでいて、壺の中だろうと、土くれの中だろうと、闇の世界だろうと、地の底深くだろうと、血の滾り沸騰する血肉の池だろうと、剣の刃の林立する林だろうと、傷つくことを恐れず、怒張した柱は這いまわっていく。のた打ち回る。我が身を切り刻んでも、擦れて擦り切れようとも、そんなことを頓着するはずもなかった。
欲望と本能が全てだった。大地の踊りなのだった。宇宙の情熱の焦点がオレの一物となって、地を這い、闇を這い、土の造形を締め付け、存在の真っ赤な穴へと分け入っていくのだった。
オレは、御柱となった一物に引き摺られていた。オレには、もう、自由などないのだった。歩くのが苦しい。が、坐ることも出来ない。カチンカチンの柱は、ひたすらに突っ張っている。岩の壁だって、今なら突き破るに違いない。久しく抑え付けられていたものの全てがオレの殻を粉微塵に粉砕し、オレを自在に撓る御柱そのものにさせてしまっていた。
(「縄の記憶」(04/09/27 作)より抜粋)
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