藍色の闇の海の白き花びら
その頃は未だ、雪は神秘の塊のように思えていた。
雪が水の違う相なのだとは信じられなかった。仮に水が、あるいは凍って雪になるのだとしても、そこには天の意思とか、あるいは神の見えざる手が加わっているに違いないとしか思えなかった。
小生の生まれた富山は、小生がガキの頃は冬ともなると、これでもかというほどに雪が降って、家の手伝いなどしない甘ったれの小生だったが、雪掻きだけは大好きだった。疲れ、湯気の立ち上る身体を堆く積まれた雪の小山の天辺に横たえ、何処までも深い藍色の夜空を眺め入った。
雪は小止みなく降っている。あっという間に身体は雪に埋められていく。
顔にも雪が降りかかる。頬に辿り着いた雪は、次々に溶けて雫となり流れ伝っていく。
仰向けになって雪の空を眺めていると、段々、不思議な錯覚に囚われてくる。
自分が天底にあり、大地に横たわっているのではなく、白いベッドに乗ったまま、天に吸い込まれていくような感覚を覚えてしまうのだ。
雪の花びらが中空を舞っている、その只中を自分の身体が漂っている。上昇していく。藍色の闇の海の底から雪が生まれる、まさにその現場にいつかは辿り着いてしまいそうに思えてくる。
文科系の学生となった後年、物理の試験で、何かの問題が分からず、仕方なくというわけでもないが、答案用紙の裏側に、問題から連想した物理現象の不思議さへの思いを中谷宇吉郎の『雪』に絡めて長々と書き綴ったものだった。
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