真夏の夜の夢の旅
(前略)当時は国道さえ、一部は舗装されていなくて砂利道だったりする。
道が分からないのだから、ひたすら国道に沿って走っているつもりなのだが、曲がりくねる砂利道を長く走っているうちに日が暮れてしまった。周辺も空も真っ暗闇。街灯などない。民家もなくて、しかも、道はドンドン山の中へと呑み込まれて行くようでもある。
どれほど走ったことだろう。不安も頂点に達していた。幸い、夏の雨に祟られることのなかったのは助かったと今でも思う。あれで雨に降られていたら、途方に暮れていたに違いないのだ。
闇の道をよりによって一層、深い闇の世界へ分け入っていくような感覚があった。
盛り上がるような黒い影。きっと鬱蒼と生い茂る森か林が黒い物塊となって自分に圧し掛かろうとしているに違いない。
中古のバイクのヘッドライトは、懐中電灯じゃないかと思われるほどに頼りない。本当に照射しているのか、前に回って確かめてみたくなる。いっそのこと、懐中電灯で照らしたほうが余程、明るいのじゃないかとバイクに突っ込みを入れてみたくなる。
でも、しない。突っ込んだ挙げ句、バイクに逆切れされても困る。下手するとバイクの奴、自棄を起こして、藪に突っ込むかもしれない。それでは薮蛇である。
夜になって何時間、山道を走ったろうか。不意に、明かりが明滅し始めたのである。
狐火でも人魂でもなく、明らかに民家の明かりだ。
と思ったら、違っていた。明かりが行列のように延々と続いている。
峠の道の向うなので、正体が分からない。
やがてまた、カーブを曲がっているうちに明かりが闇に没してしまった。一瞬の夢。束の間の期待。
それでも、淡々と走る。
すると、また、不意打ちのように光の列に出くわす。
観ると、それは、提灯の列なのだった。何かの夏祭りの祭礼の提灯だけが、家々の軒先などに並んでいて、どの提灯も、明かりが灯されている。
けれど、人影は疎らどころか、全く、ない!
夜も大分、更けていて、とっくに祭の催される時間帯を過ぎていたのだ。あるいは、翌日の祭を控えての準備の果ての提灯の列だったのか。
家々の玄関も窓もしっかり閉まっている。軒先に明かりが灯っていることはない。明かりというと、提灯の明かりだけなのである。提灯の紙などから漏れ出す、橙色の光が家の壁や窓をぼんやり照らし出す。
ああ、あの家の中に人がいる…はず。でも、誰も表を覗いてみるはずもない。
ただ、祭礼の提灯だけがちんまりと並び、やわらかな肌色の光を幻のように周辺に漂わせているだけ。
自分だけが場違いな時空間に迷い込んだようで、祭りの後の寂しさ以上の、孤独感を覚えていた。
空には星が見えないし、月だって照っていない。山も森も大小の黒い塊と化しているだけ。その闇の世界に祭礼のための提灯の明かりが、何か夢のように幻のように浮かび上がっている。
自分は夢の世界に紛れ込んでしまったのではないか。自分で気が付いていないだけで、とっくの昔、道を踏み外し、どこかの崖から奈落の世界へ飛び込んでしまっているのではないか。この世ではなく、あの世の入口の扉をうっかり叩いてしまい、寝静まったというより、永遠の眠りに就いている人々だけの町、死の町の住人になってしまったのではないか。人影がないのは、ここが死の町だからだ。祭礼の提灯ではなく、葬礼の日の提灯なのではないか。
切実なのに抽象的な不安。
それでも、やがてそんな温もりのない肌色の光を放つ提灯の列の間をすり抜けてしまったのだった。
また、完璧な闇の世界。
あの夜、自分はどこをどう走ったのだったろうか。夜をどう遣り過したのだったろうか。まるで記憶がない。
ちょうどそんなように人は人生をうっかり通り過ぎてしまうのだろうか…。
[「秋祭…後の祭り」(2005/10/10)より抜粋]
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