クリスマス小風景
クリスマスの飾り付けで色めく街中を人々が忙しげに、あるいは賑やかに歩きすぎていく。冷たい空気の中だけれど、そうした人たちには熱気が漂っているようで、寒ささえ、心の温みへの郷愁を誘う小道具のようだ。
が、そうした活気に満ちた町の片隅を、時折、どこか寂しげな影が過ぎていくこともある。
車の中で信号待ちをしていると、闊歩する連中より、何故かそうした影に小生は注意が向いてしまう。きっと、自分もそうした仲間だと感じているからだろう。
そう、今年も小生は一人っきりのクリスマスを迎える。バレンタインデーも誕生日も、そうだったように。
小生はもう、既にいい年齢を迎えている。今更、そんな賑やかなざわめきが自分を取り巻いてくれなくても、別段、寂しいとは思わない。
でも、そのポツン、ポツンと見える影は、どこまでも寂しそうに見えてならないのだ。あの子達が、体を常に街灯やショーウインドーに背を向けるように努めているのが、痛いほど分かる。
顔の表情を曝したくないのだ。
覗きこむというのではないが、チラッと小生の視野の隅を掠めるそうした人は、お世辞にも綺麗な人、可愛い人とは言えない。性格も地味そうだ。
というより、性格の後ろ向きな所が彼女を、一層、暗い、時には陰惨とさえ思わせる雰囲気を顔や体全体から発散させるのだと思う。
会社か学校での彼女の姿が髣髴とされる。
みんなが(そう、そうした彼女たちには、まわりにいる人みんなが)幸せそうに見えてならない。みんな、誰かと約束がある。みんな、誰かに誘われている。みんな、何処か、行く当てがある。みんな、忙しそうだ。きっと、幾つも約束を抱えているに違いない…。
その用件が、ホントは、アルバイトだったり、家の手伝いだったりするのかもしれないのだが、そうしたイジケた女性には、楽しげに忙しさを満喫しているようにしか見えないのだ。
実際、ホントは彼女だって誰かに誘われかけたりさえ、したのかもしれない。
けれど、つい、妙な意地を張って、私、用があって、ダメなの、なんて断ったのかもしれない。持てない女性同士のパーティなんて味気ない、なんて、友達に背を向けてしまったのかもしれない。誘ってくれた女性の気持ちも考えずに。
でも、彼女は、街に、あるいは世間に背を向けて、前屈みになって、顔を暗くして、歩を早める。何か、さも、約束があるかのように。時間に間に合わなくて、懸命なんだとでもいうように。つい、わざとらしく腕時計を見たりして。
さて、家に辿り着いたけれど、部屋に灯りは点いていない。
当然だ。彼女は一人っきりで暮らしているのだし。
彼女は、明かりを灯す元気も今日は、ない。
しっかりと閉められたカーテンの透き間越しに月明かりが洩れ込んでくる。月光が、カーペットの床に明暗を付ける。気が付くと、彼女の脛に斜めに月光が走っている。
泣き出したいような、でも、泣く理由がないような、妙な気分が彼女を襲う。
不意に電話のベルが鳴る。
暗い部屋、一杯に甲高いベルの音が満ちる。誰かいい人からの電話だったらいいのに、と、心底から思っている自分に気付く。でも、違うことを彼女は知っている。どうせ郷里からの電話に決まっているのだ。
だから、電話には出ない。今日は、私はいないのだ、だから電話には出られないのだ…。そういうことにしておきたいのだ。明日にでも、さりげなく電話してみて、ああ、昨日、昨日は私、用があったから、なんて、さも、デートにでも出かけていた風を仄めかしてみる。そんな自分の明日の姿が、ハッキリ目に浮かぶ。
何にいじけているのだろうか。考えてみれば、自分には家族がいる。自分のことを心配してくれる両親がいる。たまたま家族と一緒に居れないけれど、その気になればいつだって、一家団欒を楽しめるのだ。
そうだ、私には健康が恵まれている。ちょっとした風邪をこの前、二三日、引いただけだ。
自分はなんて多くのものに恵まれているんだろうと冷静に思い返してみる。
だけど、でも、自分の中の空っぽな心が埋められるわけもない。寂しいという気持ち、誰かと一緒に居たいという焦燥感、今頃、みんな、いい人と一緒に楽しくやってるんだろうという嫉妬心は、どうしようもない。
夜は更けていく。どこまでも更けていく。けれど、朝は遠い。
もしかすると、まだ、宵の口なのかもしれない。こんな時は、時があまりにゆっくりと流れる。月の明りの織り為す床の上の明暗も、苛立たしいほどに、のろのろと移動していく。
ああ、私は、今夜も孤独という海の中を、深く深く潜り込んでいかなくてはならないのだ。朝は遠い。その前に闇夜の果てしない峠を越えなくてはならないのだ。
不意にクラクションの音。
信号が変わっている。
余計なお世話は、やめだ。
車を走らせなければ。
小生には小生の道があるのだ。
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