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2009/07/30

頬杖

 頬杖ついているあの子は、何を想っているんだろう。多摩川の土手に腰掛けて、じっと川のほうを眺めている。
 声をかけてみたいような。
 でも、そんなことができるわけもない。
 俺は、子供には、いや誰にもただの小父さん。それも変な小父さんに過ぎないのだ。
 あと、ほんの数年もすれば太鼓腹になりそうなお腹を見ると、遠くで、できるだけ遠くで見つめているしかない。

 あの子の視線の先を追ってみる。川面? そうかもしれない。川の向こう岸の釣り舟が珍しくて、関心が奪われているだけなのかもしれない。

 ぼーんやり、川を眺めている。

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2009/07/28

赤い髪の女

「どうして髪、赤に染めたんだ?」
 別に深い意味があって聞いたわけじゃなかった。ただの沈黙の埋め草のつもりだった。
「何よ。悪い。赤じゃ、いけない?」
 意外なほどのきつい返事だった。
「いや、悪いとかじゃなくて、その、ただ何故かなって」

 何が原因で二人が気まずくなったのか、俺には分からないでいた。何かあいつの癇に触れることを喋ったらしいのだけど、まるで見当が付かないのだ。
「何故って、そんなこと説明しなきゃいけないわけ。あたしにそんな義務あるの」
「いや、まさか…」
「大体、そんなこと、分からない? 普通」

 胸の中で、(俺が悪かったら謝るよ。でも、何が悪かったのか聞かせてくれよ)という文句が渦巻いていた。
 でも、声にすることはできないのだった。下手な口を利くとますます泥沼に嵌りそうに思えた。

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2009/07/27

睡魔

「君はさ、幽霊って信じる」
 いきなりの質問だ。といっても、それが彼の癖みたいなものだ。彼だけに流れるリズムがあって、どうやら突然、疑問が浮かぶらしいのだ。いつもマイペースの彼は、疑問が浮かぶと我慢できない性質だ。そばにいる誰彼に質問をぶつける。
 今日の彼の質問癖の犠牲者は俺だということ。
「ゆ、幽霊?」
「うん、幽霊。この世の中に存在すると思う? 存在すると信じてる?」
 幽霊のことなど考えたことなどない、と言うと、ちょっとばかり嘘が混じる。でも、真剣に考えるわけもない。こんな時は、逃げるが勝ちである。相手に同じ質問を投げ返してやればいいってわけだ。
「そういうお前はどうなんだ、信じてるのか」
「僕か? 僕は信じてるさ。存在しないわけないよ」「へえ、信じてるだけじゃなくて存在しないわけないだなんて、やけにハッキリ断言してくれるじゃないか。どうしてだよ。信じてるってだけなら、分からんでもないけど、存在するって決め付けられると、なんだか問い詰めたくなるな」

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2009/07/18

NAOMI

 俺はウダツの上がらない中年男だ。しかも、今は独り身。
 そんな俺だから、仕事が終わると、会社の帰りに「NAOMI」という名の小さなスナックで食事を済ませることにしている。一時は自分で料理してみたが、やはり独りきりの食事は淋しい。

 店で誰とお喋りをするというわけではない。
 カウンターの隅っこで、テレビを見、何処か女優の東てるみに似た木綿子という名の女将さんとお客との他愛もない雑談を聞くともなしに聞き、誰彼の下手なカラオケを聞き、新聞を読みと、ダラダラと過ごす。
 特に雨の日は、店が看板になるまで粘り、やっと重い腰を上げる。

 俺は終始、無言である。

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梅雨空に寄せて

 昔、星と月とは相性が悪いのではないかと考えたことがある。
 どちらも晴れ渡った夜の空になくてはならない存在なのだけれど。

 そう、あまりに月が煌煌と照ると、本当ならもっともっと数多くの星々が煌くはずが、月の光の故に、星がその影を薄めてしまい、夜の空が淋しくなってしまう、そんな気がしたのである。
 そうはいっても、晴れてさえいれば、月が照り映えていても、星たちは精一杯に輝いていてくれる。星は月の有無など、知らぬ顔で、ひたすらに光の矢を届けつづける。

 いつだったろうか、何かの本で、今、見ている星の光は、数年前、数百年前、数千万年前、中には数億年前のものもあると知ったのは。
 月だって、太陽の光の反射で、光はあっという間に届くとはいえ、一秒余り前の光なのだ。

 だけど、星の光の凄さには敵わない。

 今、自分が夜の空を眺めていると、この瞳には無数の時間が同時に届いている。水晶体の中で共鳴し合っている。脳裏の何処かで木霊し、時にボクを震撼させる。

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雨宿り

 あれはもう十年以上も昔のこと。俺たちが出会って間もない夏の夕方のことだった。
 突然、遠くに雷鳴が轟いた。と思う間もなく、沛然たる驟雨が続いた。
 日中から湿気がひどくて、夕立がいつ来るとも限らないとは思っていたけれど、まさかこんなに突然やってくるとは思わなかった。しかも雷さえ伴うとは。

 夏の終わりを告げるかのような雷雨だった。
 俺は佑子と近くの駐車場の庇の下に飛び込んだ。佑子は折り畳みの傘を持っているけど、差すより、とにかく何処かに逃げ場を確保するほうがいいと思ったのだ。

「あーあ、お気に入りのバッグが濡れちゃった…」
 そう言いながら、バッグからピンク色の折り傘を取り出そうとしている。
 でも、何故かすぐにバッグに戻した。

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紫陽花の雨

 あれはオレが初めて恋をした時のことだ。
 小学四年になって間もない頃だった。

 当時のことを思い出すと、オレはボクになってしまう。

 雨の降る中、学校から急いで家に帰ろうとした。走れば家まで数分。朝から雨が降っていたって、傘なんか差さない。傘なんて、邪魔なだけ。濡れたって、着替えればいいんだし、へいっちゃら。

 もっとも、その日は、朝は降っていなかったはずだ。天気予報にもない、不意の雨だったのかもしれない。
 その日は、校庭の隅っこにある用具室の裏でグズグズしていた。
 そこからは校門がよく見える。

 そう、ボクの好きなあの子が下校するのを待っていたのだ。彼女は、ピアノの教室に通っている。だから、学校が終わると、すぐに帰宅することをボクは知っている。

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雨の夜の出来事

 空しい気持ちで一杯だった。
 どうしようもない悲しみが胸を締め付けていた。
 何だってあんなことが起きるのか。しかも、よりによってこんな時に。あんな素晴らしい夢を見た日に。

 朝、出かける時はご機嫌だった。さすがに口には出さないけど、ルンルン気分だったのだ。
 それが…。

 日中は晴れていた空も、夜が更けるにつれ雲が厚くなって、俺が帰る頃には雨が降り出していた。
 その変化は俺の心の移ろいを映し出しているようだった。
 コンビニに駆け込んだ。ビニール傘と、何か弁当を買うつもりだったのだ。
 でも、それが間違いだった。いつもの店ではなかったのである。

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雨の音

 もう寝ようと思ったら、思いがけず雨が降ってきた。
 窓を閉め切った部屋の中にいてもそれとわかる土砂降りの雨だった。
 何だか胸騒ぎがして、眠る気にはとてもなれなくなってしまった。
 何故なんだろう。
 ふと、ほんの数ヶ月前の夜を思い出した。

 あの日の夜も屋根や芝生や窓を叩きつける雨が、俺の胸をも打っていたのだった。

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2009/07/07

バタイユへ寄せるオマージュあるいは懺悔

 エロティシズムへの欲望は、死をも渇望するほどに、それとも絶望をこそ焦がれるほどに人間の度量を圧倒する凄まじさを持つ。快楽を追っているはずなのに、また、快楽の園は目の前にある、それどころか己は既に悦楽の園にドップリと浸っているはずなのに、禁断の木の実ははるかに遠いことを思い知らされる。

 快楽を切望し、性に、水に餓えている。すると、目の前の太平洋より巨大な悦楽の園という海の水が打ち寄せている。手を伸ばせば届く、足を一歩、踏み出せば波打ち際くらいには辿り着ける。

 が、いざ、その寄せ来る波の傍に来ると、波は砂に吸い込まれていく。波は引いていく。あるいは、たまさかの僥倖に恵まれて、ほんの僅かの波飛沫を浴び、そうして、しめた! とばかりに思いっきり、舌なめずりなどしようものなら、それが実は海水であり、一層の喉の渇きという地獄が待っているのである。

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2009/07/04

アガパンサスの花言葉は

                            
 

アガパンサスの花言葉は……恋の訪れ

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 アガパンサス(Agapanthus)なんて花の名を知ったのは、いつのことだったろう。南アフリカ原産で、和名はムラサキクンシラン(紫君子蘭)というけれど、白い花もあるのだとか。
 日本には、明治時代中期に渡来し、ユリ科に属するけれど、遺伝子的にはヒガンバナに近いとか。ギリシャ語でアガペサントス、つまり、アガペー(愛)とアンソス(花)の二つの語の組み合わせからなっている…。
 そんなことなどを知ったのは…、そう、あの頃のことだ…。

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