黄色いチューリップ(断片)
英語でチューリップの黄色と言ってみる。
黄色いもチューリップも同じようなイントネーション。意味や語彙の性格などを抜きにして、発音の強弱だけに注目したら、似たもの同士。二つの言葉に何か対称性のようなものを感じる。
そんなことを誰かが言っていた。
黄色いチューリップは愛の証、だけど望みなき愛の象徴。
チューリップは穢れなき神の花。
頭がクラクラする。
気絶しそう。眩暈する予感。
疲れすぎていて世の中が黄色い。
そんな時、口を突いて出たのが、チューリップだった。
分かりやすくていい花だ。
そして思い出したのが、黄色いチューリップという言葉。
左右対称に見えるし、造花のように綺麗だ。
黄色いチューリップという言葉と、絵のように素敵な風景という表現と何処か、相関しているように思える。
今はただ、単純なものがいい。
素朴で迷いがなくて、頭を悩ますことのないもの。
雄しべも雌しべもターバンにも似た花弁の中。
全くの黄色の世界。
真っ黄色と書こうとすると、勝手に末期色に変換されてしまう。
まるであてつけのようだ。
黄色な世界に荒野が広がっている。
草も木も生えていない、更地。
左右から迫ってくる緩やかな傾斜。
その間の丸っこい一角。
やがては左右の傾斜に挟まれ消滅する定めにあるに違いない。
気がつくと、首根っこが捉えられている。
誰かに押さえつけられているのだろうか。
生まれいずる悩み。
まだ形に成っていないのに、皮膚さえ縫合されていないのに、半端な形で日の光など浴びるのは可哀想なのに、引きずり出される。
そこはまるでお白洲だ。
純粋無垢な罪を裁くための。
せいぜい母胎との絆を示す血糊が一筋、二筋。
誰もが顔を見ようと覗き込む。
赤子の顔を見て、おめでとうとか、可愛いとか声を掛けようとしていたのだが、誰もが絶句する。息を呑む。微笑みかけた顔が強張る。
引き攣った顔でおめでとう、可愛いね、という。
赤子は泣き叫ぶ。
生まれたくはなかったと悲鳴を上げている。
泣きじゃくるだけだ。何も聞こえないし、何も見えない。
世界は無だ。
そして、赤子の産声は呪詛のようである。
心の中まで、そしてその子の未来までが丸裸にされて、誰も彼もに見下されている。
真っ赤な亀裂の襞から掻き出され日の目を見る。
真っ赤な闇から真っ黒な闇へ。
水に流されるべきだったのだ。
世界はあまりに明るすぎる。
これじゃ、隠しようがないじゃないか。
臆病者!
怯えていないで、こっちへおいで。
こっちの水は甘いよ。
そんな誘いに乗った愚かな蛍のような花。
広い世界に迷子。
季節はずれの花。
黄色い光を放つ蛍の花。
そんな黄色いチューリップの独り言。
参考:
「時代に流されながら よろしくね”黄色のチューリップ”」
→ バリー・メイザー著『黄色いチューリップの数式』(水谷淳訳 アーティストハウス)
見よ、灰色の空に咲く
黄色いチューリップを。
その鮮やかさはあまりに早く消え去り、
私はその詩を書くのを
あきらめねばならない。(バリー・メイザー著『黄色いチューリップの数式』(水谷淳訳 アーティストハウス)所収のチェイス・トゥイチェル『チューリップ』より)
(09/03/13 作)
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