足掻き…
小生は、ほんの数年もすると五十台に乗る。過去について振り返っても、人に語るべき何もない。特に悲惨な経験も歓喜に溢れた体験も乏しい。
悪いことは格別しなかった代わり、いいこともしなかった。とにかく特筆すべき何もしてこなかったのである。
ま、それは自分の性分で、目立つことが大嫌いなので、悪いこともいいこともできないのである。悪いことができないのも、それが悪いことだからというより、行ったことで注目を浴びる羽目になるのが厭だから、避けていたというほうが近い。
では、いいことをしないわけはというと、これまた目立つか厭なのである。凡そ行動をすることができないのは、上記した理由以上に、自分の抱えるコンプレックスが自分を目立つことから遠ざけるのだと思う。
それは醜貌コンプレックスと言う奴で、そのコンプレックスに幼い頃に圧倒されて、小生は生きる意欲をほぼ失ってしまった。この外貌を抱えて生きるのは、少なくとも自分にはできないことだと感じた。今後、自分が生きるのは親よりは長生きするためと、そもそも死ぬ勇気がなかったことだろうと思った(思っていた)。
別に外貌のことで、ひどく虐められた経験は多くあるわけではない。というより、行動の範囲を極端に狭めていたので、その行動半径の中で出会う人物に初めての人というのは、少ないのである。もう、互いに見知りになっているのだ。
それに、後年になって気付いたことだが、いろんな人が自分のことを気遣ってくれて、トラブル(虐め)を未然に防いでくれていたのだ。地域でも、学校でも。 ただ、こうした自分だから極端に自意識過剰になる。人の依怙贔屓に敏感になったのだ。
つまり、こうした負い目を持つ、この自分を労わって、自分を傷つけないように、勝負事などで手加減をしてくれたり、何か悪戯をしても、その悪さを他の子供や姉妹らのようには厳しく叱らないのではないか…、そういった手加減に敏感になったのである。
で、ちょっとでもそうした相手に手加減の気配を感じたら、途端にこっちも、なんだ、俺のことをまともに相手にしようとはしないんだと、こっちも手加減してしまう。結局は、真正面からの人間同士のぶつかり合いが、なくなってしまったのである。
さて、短絡的にも呆気なく人生への意欲を無くし、これからの人生は余生だと見なしてしまった小学校に上がる前の自分の愚かしさは、どれだけでも笑うことができる。なんて、思慮の浅いガキなんだと馬鹿馬鹿しくなったりもするかもしれない。自分でもそう思うくらいなのだから。
でも、やっぱりプレッシャーはきつくて、弱い自分は、あっさりと人生に早々と負けてしまったのである。
前にも書いたことがあるが、自分にはお袋とデパートに出かけたり、その前にバスに乗るのが恐怖だった。恐怖というより、地獄だった。これは今になって冷静に分析してみても、やっぱり地獄という表現以外に言葉が浮かばない。
バスに乗るということは、赤の他人の眼差しにこの外貌が晒されるということである。人間は外見ではないと言ったところで、ガキの小生に通じるわけもない。ガキの小生には、外貌に圧倒されて、その外貌がゆえに世界との交通は遮断されている。
普段は、その遮断された狭い世界の中で(狭い地域や保育所などの中で)閉じた意識を保っていられるから、何とか日々をやり過ごすことができるが(鏡を見ない限りだが)、バスとなると、そうは行かないのである。
まるで麻酔なしで鉗子でケロイド状に凝り固まった瘤をこじ開けるようなものだ。もう、塞いで、それなりに落ち着いている心の傷が他人の視線という至上の鏡によって抉り出されるのだ。涸れ果てた皮膚の下の生の肉が、視線と言うメスで切り刻まれるのである。
視線はバスの車内で乱反射し、幾度も幾度も小生を刺し貫いた。無数の視線の刃を掻い潜るなど、できるはずもなかった。息をするのも苦しいのだ。
他人の好奇の目で見つめられているという感覚は、ガキの小生を凍らせるのだった。身動きも侭ならない。息をするなど論外なのだった。俺は貝になった。それとも石になったのだ。石ころにならないと自分を保てないのだった。
バスを降りた瞬間だけ、ホーと息をする。が、それはほんの束の間の安らぎに過ぎない。俺はお袋に連れられて今日はデパートへ行くのだ。
デパート!
それは俺にはこの世の地獄だった。俺の声無き阿鼻叫喚の木霊する装飾された綺麗な棺だった。デパートは眩く明るい。そこには影がない。俺の逃げ場所が欠片もないのだ。あるのは照明、白い壁、磨きこまれたガラスのショーケース、無数の鏡、そして無数の視線。
そんな世界に俺の生きる場所がありうるはずもない。後年、サルトルの『存在と無』などを読んで、まさに小説のように読めたものだ。眼差しの哲学は、俺には哲学というより、現実だったのだ。馴染みの世界そのものだったのだ。
ガキの俺は、お袋をチラッと覗き見たりする。お袋は俺を殊更に苦しめるために、こんな地獄へ連れてきたのではないかと。
しかし、お袋に、毫も、その気配は読み取れなかった。この俺に読み取れないということは、そんな意図はないということだ。お袋は、一切、頓着することなく、きっと平気で俺のことを連れまわしているのだ。何故、お袋はそんなことができるのか、下手すると虐待よりひどいことができるのか、ガキの俺には、不思議で不思議でならなかった。
そんな疑問はともかく、我が家に帰り着いた俺は、くたくただった。心の肉が傷で血だらけだった。神経がズタズタに引き千切られていた。俺は、そんな日は、奥の座敷に篭って、ひたすら傷の癒えるのを待った。
俺の心は閉じてしまっていた。塞いで、ある閉じた系の中で限りなく縮小再生産を繰り返していた。何処までも萎んでいくのだった。そんな自分だったけれど、完全に世界とつながりを失わずに済んだのは、幾つかの切っ掛けがあったからだと思う。
まず、小学校の3年から小生を受け持ってくれた先生が、俺のことを内心では気遣っていたかもしれないが、俺の疑心暗鬼に満ちた心で見ても、よくも悪しくも依怙贔屓せず、叱る時は、シッカリと叱ってくれたことだった。
これには俺はびっくりした。この俺のことを叱ってくれるなんて。容赦なく頬っぺたを抓って叱るなんて! 俺は感動したのだった。素直に感激してしまった。褒める時は褒めてくれたし、俺はその先生が受け持ちの間だけ、ちょっとだけ勉強の真似事もしたものだった。幽かにだが、生きる意欲の片鱗くらいは滲み出していたかもしれない。
しかし、何といっても俺を現実の世界から完璧に遮断されずに済んだのは、やはりお袋の御蔭だったと思っている。
お袋は、この俺を抱えて、一緒に外出もしてくれた、町へも連れて行ってくれた(父とは一度だってなかったことだ)。俺が将来は結婚できるものだと(多分、お袋は自分に言い聞かせていたのだと思う)近所の人と茶飲み話に話していた。(この俺が結婚だって! ちゃんちゃら可笑しいこと、言ってくれるじゃないか!)結婚など、俺にはありえないと自分では分かっていたが、しかし、お袋の健気な気持ちには感じるものがなかったとは言えないのだった。
俺は今も、とにかく生きている。多分、しばらくは存命し続けるに違いない。ちっぽけな心しかない自分は、学生時代の日記には、疲れた、涸れた心、と、同じような言葉を列挙していた。どうやって枯れた心に潤いを多少でも滲ませたらいいのか、まるで分からなかった。
世間の普通の男並に女性が好きだ。でも、今生、女性と関わることはないだろうと確信していたし、実際、この年になるまでそうだった。大人になって風俗にでも行って遊ぼうと思ったことも幾度も、幾夜もあったが、こんな俺を相手にする女性が不憫で、いくら商売だからといって、俺にはできないことだった。
こんな俺にも友達はいる。彼らは結婚している。たまたま考えがあって結婚はしても、同意の上で子どもは作っていない。今になって、子どもを持たないことの寂しさとか、奥さんへのすまない気持ちとか、生きて何もできなかった甲斐性のなさを侘びたりしていたりする。
でも、この俺は、人生のパートナーにも恵まれなかったんだぞ、そんなもの、金持ちが自分の金に利殖をさせることができなかったと悔やんでいるだけじゃないか! と言いたかったが、言えば惨めになるだけなので、ただ寂しく黙って受け流していた。所詮、俺とは住む世界が違うんだ。
さて、そうした小生をこの世につなぎ止めているものは、前述したようにお袋のことだった。ガキの頃に町へ連れ出してくれて、視線の恐怖と地獄をタップリと味わった。しかし、それでも生きて帰れることを学んだ。普通の人のごとくに平気そうな顔をして歩くことができるのだと知った。たとえ、心の中で血の涙を流して歩いていても、外見は飄々と歩いていけることを学んだ。他人には、その外見が大事なのだ。
敢えて世間に出る。世間の中で顔を晒して生きる。それだけのことでも、お袋がガキの頃に町へ連れ出したりしてくれたから、できたことだろうと思う。でなかったら、全く家の中に閉じ篭っていたことだろう。
今になって言えることだが、ガキの俺は過剰に醜貌恐怖に怯えたのだと思う。他人はそれほど俺のことなど見ていないのだ。が、そんな些細な現実に気付くのが、少々遅すぎたのだ。俺の鈍い頭では仕方のないことなのだろうけど、でも、やはり遅すぎたようだ。
気が付くと、心がパサパサに乾いてミイラのような皮膚を被った木偶の坊になっていたのだ。木偶の坊は、気付くのが遅いのだ。
けれど、小生は小生なりに、人生を感じたいと思う。生きていることの懐かしさを感じたいし味わいたい。青い空と白い雲をゆったりと眺めたい。頬をなぶる風のなかに息吹を感じたいのだ。人との関わりは持つことはできなくても、それでも生きている以上、生きている中で何かを見つけたい。見つけられないものなら、この世のほかの人には見つけて欲しい。
生きているこの世界は、もっともっと豊かで奥深いものだと思う。そうした、せっかく生きていることの大切さと尊さとを、ほんのわずかでも自分の心で感じとりたい。
人に何かしてあげるなんて、ちょっと、おこがましいことかもしれない。その前に、そう、自分の乾いた心をほんの少しでも潤わせることができたなら、きっと、それだけのことが、素晴らしいことなのだと、いつの日か、人にも分かってもらえることだろうと思うのだ。
一人きりの人生が待っている。語り合う相手もいない人生。というより、見つける勇気もない人間。でも、何かを感じたい。感じるに値する人生であるはずだと思うのである。
自分を生き延びさせるためにあらゆることをする。悪足掻きかもしれないこともする。中古だけど自分にスクーターを買ってあげたり、ホームページを開設したり、メールマガジンを配信したり。
中身は、語るに値しないものかもしれないが、語られる言葉の奥に悲鳴と幽かな人生賛歌が聞こえれば、それでいいと思っているのだ。
(02/08/09)
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