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2008/12/13

ボナンザ

 真っ赤な世界。
 燃えている!
 …けれど、急激に萎んでいく。黴の生えたような、分厚い皮の幕にうもれていく。

06_01260619

 生れかけた何か。
 日の目を見る間際だった。
 さっきまでは出るはずだったクソの塊が菊の門の気まぐれに歎き、生れるはずの胎児が身を強張らせる。
 固く閉じた唇。

 ああ、あの焔は何なのだ?

 体が鉛のように重い。
 いや、鉛のように、じゃない、鉛そのものだ!

 感覚も泥のように鈍い。
 腐臭さえ漂わぬ!

 命が封印されている。
 土が天日干し状態だ。
 瞼を開けることがやっと。

 見慣れた部屋の天井や壁。
 薄いカーテンと半透明のガラス窓越しに外の光が漏れこんでいる。
 オレのこんな部屋にも光を恵むなんて、なんて気前がいいのだろう。
 そんなことをやっても、オレの部屋が濁った水晶体ほどに命を得るはずもないのに。

 もう、いいのに、オレなんかに時空の涙を流す余裕があったら、あのゴワゴワの化けの皮に光を集め焦がし焼ききって、オレに…いや、誰かに逃げ道を作ってやればいいのだ。

 あの鮮烈なオレンジの焔…。

 体が重いのはいつものこと。
 血がまるで巡ってくれない。
 体液までが生きることを嫌悪しているみたいだ。
 体の下半分に血が滞留し、一夜を過ごすたびに濁って、眼が覚めるころには血糊の海にオレは漂っているというわけだ。
 体の上半分は、黒い血溜まりの上。生気のない、青い体を白けた時空に曝け出している。

 思い出したくもない昨夜のこと。
 …思い出す。
 オレに思い出なんてものがあるのだろうか。
 懐かしい思い出!
 そう呟いてみたいだけじゃないのか。
 オレだって人並みに過去があるんだって言い募ってみたいだけじゃないのか。
 
 誰も聞いていないってのに。
 自分だって聞く耳を失って久しいってのに。
 一瞬一瞬が生れては消えていく。
 澱みに浮かぶ泡沫(うたかた)よりもオレは、オレの脳味噌は儚い。
 
 ああ、未だ目覚めていないのだ。
 脳髄の奥のほうで光のような何かが明滅している。
 なんとか起きようとしている。
 人工の土壌の底深くに埋もれている、なけなしの熾き火を冷たい手先で見つけ出そうとしている。

 指先で土を掘る…。

 ああ、土を掘ってみたい。

 だけど、これは、土なんてもんじゃない。
 土の成れの果て。
 黴菌さえ逃げ去ってしまった、清潔極まる粉末だ。
 
 そうか、あの皺皺の分厚い幕は…、いや、膜は、オレの背中だ。
 オレの肩だ。
 オレの肉体…のはずなのだ。

 胴体に風穴を開けて、なんとか生気を取り戻そうとしている。
 命の澪を、白き泡の筋を刻み込もうとしている。

 指の先を擦り削り、熾き火に辿り着こうとしているのだ。

 朝の目覚め。
 これがこんなにも難儀なことだなんて、誰に想像が付こうか。
 泥の体。
 つくづくそう感じる。
 これがオレの体なのだ。
 最後の、ギリギリの気力で、形だけは保っているものの、それもいつまで持つことやら。
 闇の世界も空白に満ちているが、眼が覚めても一層、陰鬱な雲が垂れ込めている。
 それでもオレは起きなければいけない。

 何のために?
 そんなことなど分かるものか!
 問いを発する気力さえ、とうの昔に萎え果てた。
 意味は俺の世界にはない。
 ないはずの意味への問いなど、意味はないのだ。

 オレは起きる。
 ただ、そのために起きる。

 自己撞着だって?
 知ったことか。

 体が、心が乾いて、砂になって、さらさらと、さらさらと風に吹かれ、塵となり、埃となり、光の微粒子となり終えるまで、オレの朝は永遠に続くのだ。

 …少しずつ、オレの心身がこの世へと漂い出そうとしている。
  
 あの真っ赤な焔は…。

 そうだ、ボナンザだ!
 あの焔の海の彼方には、命の鉱脈があるのだ!


 ……。
 目覚め…。
 精力の全てを使い果たしての目覚め…。

 

 
参考:
処女作「ある日
ボナンザ (テレビドラマ) - Wikipedia
                             (08/12/12 記)

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