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2008/12/30

冬のスズメ

 茫漠とした空を見上げた。
 枯れて裸になった枝の先にスズメたちが止まっている。一心に何処かを見遣っている。
 あの木は何だろうか。降り積もった雪で近寄ることが出来ない。
 桜? そう、桜の木だ。寒さに凍えているけれど、それでもスズメたちの止り木になって春を待っているのだ。
 みんなに嫌われるスズメ。だけど可憐なスズメ。あのスズメ達を見ていると、心が憂鬱になる。何故だろうか。

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↑ スズメたち   by kei


 私を支える木はどこにあるのだろう。あの人は今、何処にいるのだろう。でも、あの人は遠い。会おうと思えばいつでも会える。そう、今日だって会ったばかりなのだ。あの人と言葉を交わしさえした。
「おはよう」そして「さよなら」と。
 そうそう、「これ、届けてきて」と言われたっけ。書類を手渡しさえ、された。あの人は、煙草を燻らせたままで、こちらを見向きもしなかった。

 あの人の心は他の人のもの。あの人を知ったその日から、そのことは知っていた。あの人たちは評判の二人だもの。
 だからといって私の心をどうすることもできなかった。すぐ近くにあの人がいる。だけど、あの人の眼中に私はいない。私はただの便利な事務員の一人に過ぎないのだ。私なんかじゃ、見向きもしないのは当然だ。今までだって誰一人、振り向いてくれた人はいないのだもの。ケラケラ笑うだけの軽薄な女じゃ、仕方ないね。きっと、これからも同じに違いない。
 薄い雲に覆われた空。あの一角だけが微かに明るい。太陽はあの辺りにあるのだろう。あの近くにいけたなら、少しは暖かくなれるのだろうか。
 私は、今日は、うちに帰りたくない。何だか惨め過ぎて、母にも弟にも会いたくない。家族なんて、寂しい女には鏡のようなものだ。あと、何十年も生きるのかと思うと、気が遠くなる。何を楽しみに生きればいいのか分からない。友達と買い食いしたり、映画を観に行ったり、新しく出来たショッピングセンターをぶらついてみたり。やたらとお喋りに興じてみたり。
 それでも時間はたっぷり有り余っていた。
 そんな私の二十歳頃…。

 今年、五十路を迎えた私。
 さすがにでも、この頃、やっと空漠たる心を埋めるコツを覚えてきたところだ。
 それは、やっぱり恋。
 どんなに切なくて、実る見込みのない恋だって、恋のない人生などありえない。私はあの人を一生愛し続けると心に誓った。私はあの人のために生きる。あの人の面影を抱いて生きるのだ。吐き出したいほどの孤独な夜。長い長い夜。冬の夜。炬燵に潜り込んでも、御餅を食べ過ぎて胸焼けしても、猫のミユとじゃれ合っても、夜の底は果てしなく深い。落ちても落ちても底には辿り着かない。きっと、涙の一滴を落としても、地の底からポトンという響きなど聞えないだろう。

Suzum2

↑ 冬の雀   by kei


 冬のスズメたち。梢にチョコンと止まって、みんな同じ方向を向いている。一体、何を見ているのだろう。私もあの人と同じ世界を見つめたいのに。あの人が何処を見ているのか分からない。毎日、一緒にいて、どうして心を重ねることができなかったのだろう。

 体…。体だけなら重ねることができるのだろうか。
 そう。体なんて、もう、悲しいほどに簡単に重ねられる。閉ざされた空間の中で吐息と喘ぎを、汗と涙を混ぜ合わせることができる。それはまるで平行線だ。平行線を永遠に辿る。そして、最後の最後になって、男は勝手に去り、私は取り残される。みんなそうだった。あの人も?!
 親の勧める相手と一緒なる、べきだったのか。これで良かったのか。
 いつか、あの人を見返してやりたい。あの人の彼女のことも。子供を作り、平凡だけど幸せな家庭を作り上げる。生活に追われる。おカネの算段に苦労する。そしていつか子供達が手を離れる時が来る。全く、予想通りの人生だった。

 これほどに見事な仮想の現実があるだろうかと思う。あの人と添い遂げることが叶わないなら、私は現実と寝るのだ。
 自分が幸せになることができることを証明するために結婚したのだろうか。それとも自分を捨ててしまって、恋心に封印してしまうために結婚したのだろうか。
 違う! 私は復讐のために結婚したのだ。なんに対する復讐? 自分でも分からない。もしかしたら、人生そのものへの復讐かもしれない。私ではない、あの女を取る、他の女を取ることを許す人生への復讐。どうせ人生が空虚なら、もっと空っぽにしてやる…とでも思ったのだろうか。

08_122011

↑ 柿の木に止まる冬のスズメたち(「寒雀身を寄せ合って春待つか」参照)

 分からない。すべては繰り言だ。自分でも自分の人生が一貫しているなどとは到底、信じてはいない。
 もしかしたら私の子供達も私と同じ人生を繰り返すのだろうか。娘盛りのあの子。見る影もなく太った私。心の透き間を脂肪で満たしている。こんなになっても、恋心は死なない。何故、死んでくれないの?!
 憂鬱…。そうだ、私は冬のスズメたちに嫉妬しているのだ。
 同じ方向を見つめることのできるあのスズメたちを妬いているのだ。

(本稿は、「冬のスズメ」を本ブログにアップしたもの。挿画などの詳しい情報は、左記を参照のこと。08/12/30アップに際し付記。)

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