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2008/11/27

ムスカリの花

 或る日、突然、オレは庭いじりしたくなった。春四月のことだった。

 小さな庭には、梅やハナミズキ、ツツジ、夾竹桃など、手に入る苗木を訳も分からず植えた。トルコキキョウやかすみ草を、さらにはジギタリス、ベコニア、マーガレットなどを月を追うようにして、種をまいたり、苗を植えたりしていった。

Sakukoro_2

→ 「桜咲くころ」   by kei

 町で見かけて買ったチューリップの球根や、ムスカリの球根を土に埋め、ツツジやペパーミントなどの苗を植えていった。
 苗の多くは、植えたそばから枯れていった。冬の足音が聞える頃には、花や草も、そのほとんどが呆気なく涸れていった。

 残ったのは、昔からある柿の木だけだった。それも葉のすっかり落ち切った、いつも通りの寂しい姿で。青空を背に、落ちきらずに残る柿の実が、一層、侘しかった。
 でも、チューリップやムスカリは、秋には葉っぱが育っていた。冬が去り、春の盛りとなる頃には、咲くかもしれない。
 それだけが楽しみだった。

 春四月の或る朝のことだった。いつものように出窓のカーテンを開けて、外の光を浴びようとしたら、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
 なんと、近所の猫の奴が庭を掘り起こしているではないか!

 自分なりに猫退治のための工夫はしているつもりだった。猫の嫌いな臭いの元を方々に配してあるし、猫よけ網やトレリスだって随所にかぶせてある。
 猫は、露出したやわらかい土が好きだというので、ダミーというわけじゃないが、猫にやられても大丈夫な雑草をわざと刈らないままに放置しておいたのだ。

 折々、球根を植えた辺りを注意して観察はしていた。ずっと、何事もなく月日は流れていった。いつの間にか、チューリップやムスカリの球根を植えた辺りは、どうせ大丈夫だろうと高を括っていたのが拙かったのだ。

 油断だった。葉っぱが根っ子から折られてしまって、見るも無慙な有り様だった。その上、憎たらしいことに、猫の奴、ムスカリを根っ子から引っこ抜いて、口に銜えて何処かへ運んでいくではないか。
 ああ、結局、ここまで来て、苦労が水の泡となるのか…。

 がっかりした。やっぱり気まぐれに土いじりなんてするもんじゃない。 僅かに無事、残ったチューリップに望みを託するのみだった。

 そんな或る日だった。近所の奥さんがやって来られた。猫の飼い主だ。もしかしたら謝りに来たのか。でも、別にクレームを入れた覚えはないのだけど。

 開口一番、ありがとう、と言って、奥さんは頭を下げた。
 えっ、ありがとう? 何の話? 御免なさい、なら、少しは話が見えるのに。
 ありがとうって、どういうことです?
 オレには、そう問い返すしかなかった。

 あのね、実は、うちの猫がお宅の庭を荒らしていたこと、分かっていたんです。でも、謝りそびれてしまって…。どうも、御免なさい。
 えっ? まあ、気をつけて下さい…。

 でね、うちの猫ったら、あの日、お宅様のムスカリを銜(くわ)えて、何処かへ持っていくじゃないですか。わたし、途中まで追いかけたんです。でも、とうとう、追いきれなくて。そのうち、なんだか、うやむやになってしまって。

 オレには、何とも言いようがなかった。結局は、全てはうやむやってことか…。
 すると、奥さんは、急に勢いづいて、話を続けた。

 今日ね、わたし、お墓参りに行ってきたんです。主人の命日なもので。そしたら、墓地に入った途端、何か、葡萄の房のような淡い紫の花が遠くに見えるじゃないですか。

 もしかしたらと、ドキドキしながら近付いていったら、やっぱりそうなんです。ムスカリの花が主人のお墓の傍で咲いているじゃありませんか。
 そういえば、墓地に入ろうとした時、猫の影がチラッと見えたような気がしたんです。それが、もしかしたらうちの猫じゃなかったかって…。いえ、確かじゃなんですけどね。

 わたし、ムスカリの花が咲いているのを見て、主人がムスカリを好きだったこと、思い出したんですよ。だから、ありがとう、なんです。

 そうか、そうだったのか。やっぱり気まぐれでも土いじりするものだ…。
 でも、ありがとうはお宅の猫ちゃんに言えばいい…。

                            (04/05/04 作)

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