釣銭
[本作を読むに際し、「短編「釣銭」書きました!(追記あり)」を参照されると一層、理解が深まるかも。]
雨の夜だった。オレは見知らぬ町に居た。
どうして自分がここに居るのか訳が分からなかった。
喉が渇いたわけでもないのに、目に付いた自動販売機の前に立ち、何か買った。
雨のせいもあって薄暗い中、スポットライトに照らし出されている自動販売機にふらふら寄って行ったに違いない。
オレは…自動販売機という誘蛾灯に惹かれる一匹の虫なのか。
雨。
傘がない。
でも、何故か体は濡れない。
濡れているのかもしれないけど、まるで気にならない。
違う! 雨もオレを避けているのだ。
それより、自動販売機の釣銭がやたらと多い。百円玉を2個、投入し、缶入り珈琲を一本、買った。
いや、買おうとしたが、商品が出てこないのだった。
おカネはしっかり販売機が呑み込んでいる。
見ると、嘲笑うかのように、釣銭が、ジャラジャラと釣銭受け口に出てくる。
が、お釣りは80円のはずなのに、十円玉が山のように出ている。
…これはどうしたことなのだ。
が、考えるよりも先に、オレは周囲を気にしつつも釣銭を慌てて手に握り、ポケットに押し込んだ。
結局、3回も釣銭を握りポケットに詰め込む羽目になった。
オレは急いで自動販売機のある場所を離れた。
雨。
雨のせいだったのだろうか。
何処か接触が悪くて、釣銭が止まらなくなったのだろうか。
でも、釣銭受けはスポットライトの灯りが死角になっていて、釣銭の種類は分からなかったが、十円玉ばかりだったような気がする。
ポケットに一杯あったって、高が知れている。
そう思うと、なんだかバカバカしくなった。
パチンコで擦ったカネの何十分の一にもならない!
ふと見ると、目の前に二人連れの女の子が歩いていた。
闇の中に夏らしい白っぽいドレスを着た女の子の影が二つ、ボーと輝いているように見えたのだ。
オレは二人の間に割って入った。二人の腰を抱いた。ドレスのシルクのような感触が心地いい。
細い腰。
なんて細い腰。
オレの腰を女の子の体に押し付けようとしたけど、なんだか痛い。
そっか、さっきの小銭が邪魔をしている。
ああ、あんな釣銭など打っちゃっておけばよかったと後悔した。
でも、二人の女の子の腰を抱いている今、二人を離して、小銭を取り出したり後ろのポケットに突っ込むのも変だし、その間に女たちに逃げられそう。
第一、不審がられるに違いない。
肩が触れ合っているし、腰だって抱いているんだし、小銭が硬い塊となって二人の女と密着するのを阻んでいるくらいは我慢するしかないと思った。
久しぶりの女だった。
オレは女の子の感触を味わおうと、目を閉じて歩いた。二人が杖代わりに、目の代わりになってくれるのだから、目を瞑(つぶ)って歩いたって平気だった。
引き締まった腰。
…だけど、何かあまりに筋肉質に感じられた。
女の子特有の柔らか味が感じられない。
それどころか、腰の辺りの塊が何か変だ。
オレは目を開けた。
すると、オレが抱いていたのは、オレより背の高い、肌の浅黒い男だった。レゲエのダンサーだと感じた。
腰の辺りの塊は、男の股間の盛り上がりだった。
いや、股間にあるはずの逸物がオレの腰を脇腹を圧迫しているのだった。
なんていう凄い持ち物。
オレだって、自分の持ち物には自信があった。立った時の隆々たる怒張ぶりは惚れ惚れするものがあった。色艶がまた見事なのだ。形がいい。今が旬なのだ。
しかし、得体の知れない男の怒張ぶりは空恐ろしいものがあった。
オレなど圧倒していた。
女の子二人は、依然として並んで、何事もなかったかのように、雨の中、傘も差さず歩き続けている。お喋りに夢中なのだった。周りのことなど、全く気に掛けていないのだった。
まるでここにオレがいることに気付いていないみたいだ。
そういえば、腰を抱かれていた時も、体を捩るでもないし、オレを遠ざけようとするでもなかった。
そう、敢えて言えば、幽霊よりも確かだけれど、男よりは希薄な存在感をオレに見せ付けているかのようだった。
そうして、夜の雨の中、次第に闇の中に消えていった。
オレはたまらない寂しさを覚えた。
すると、突然、男は、怒張したものをズボンから抜き出して、これ見よがしに雨の中に晒しだした。
女なんかに気を奪われるんじゃないと怒っているのか。
オレは何故か見られていた、という直感があった。男は自動販売機でのオレの振る舞いを見ていたんだ。オレを罰するために現われたんだ。
オレは男から逃れようとした。けれど、いつの間にか男の腕がオレの体をがっちり掴んでいる。
オレは必死になって男の腕を振りほどいた。
オレは逃げた。懸命に走った。
一瞬、逃げられたかに思えたけれど、男は執拗にオレを追うのだった。
あっと言う間に追いつかれた。
体が押さえつけられ、男の怒張した逸物(いちもつ)の切っ先がオレの喉元に突き刺さりそうだった。
窒息する!
もがいた。命からがらだった。オレがこんなに生きることに執着する人間だと初めて気付いたほど、オレは無我夢中で男に抗(あらが)った。
オレは男を突き飛ばして逃げた。
どれほど走ったことだろう。
気がつくと、また、自動販売機の前に立っていた。
スポットライトに照らされている…。
さっきの自動販売機ではないか!
ここだ、ここに戻さないといけない!
オレはポケットから小銭を取り出し、釣銭受け口に詰め込もうとした。
男の影が背後に迫っていた。
早く、早く!
男の逸物の切っ先がオレの尻に突き刺さろうとした間際、オレは釣銭を戻し終えた。
同時に男は消えた。
…でも、オレはまた一人になった。
雨だってオレを濡らさない。
夜の雨の中、一人、歩きながら、オレは孤独を託(かこ)つくらいなら、いっそのこと、奴にやられたほうがいいのかと思った。
でも、思っただけだった。
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コメント
愉しく読ませてもらいました。
複雑な後味ですね。
「でも、思っただけだった。」という最後の行に、
作者の無意識のバランス感覚というか補償作用というか、
ともかくそういうものが表れているように思います。
私の個人的な印象では、
いっそこの一行はないほうがさっぱりするのではないでしょうか?
――もちろん、ちょっと危なくはなりますが(笑)。
投稿: ゲイリー | 2007/09/03 21:20
ゲイリーさん、こんなややっこしい作品にコメント、ありがとう。
そうですね。「でも、思っただけだった。」という最後の行には書き手のエクスキューズがあります。世間的常識への媚か妥協。
実は、昨日の朝、営業に出てそれこそ一時間もしないうちに、あるモヤモヤが晴れました。
というのは、夢の中である肝心の場面があって、それが故に小生は夢の雰囲気が小生の脳裏に余韻が残っていた。
その肝心の場面がどうだったか、思い出せないままに小説書きに着手したのでした。
結局、書いている最中は思い出せず。なので、結末部分は自分でも(世間的常識への妥協はともかく)書ききれなかったのです。
今日にでも、思い出した部分を使った形に書き変えようかなと思っています。
投稿: やいっち | 2007/09/04 07:24