靴職人の夢
靴に魅せられたのは、オレが十歳の頃だった。
オレは父と居間でテレビを見ていた。普段はサラリーマンで日曜日などは農業に携わっている父は、趣味が他にないわけじゃないけど、食事の際は、テレビを見るのが楽しみ。
チャンネルの選択権は父にある。オレが選べるのは父が居ない時だけ。
ちょうど、あの日も、父がチャンネルの抓みを回していた。
何を見るかと思ったら、NHKの教育番組ではないか。
ガキのオレはアニメが見たかったのに。
← サルヴァトーレ フェラガモ著『夢の靴職人―フェラガモ自伝』(堀江 瑠璃子訳、文藝春秋) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)
でも、オレは何も言えない。
それに、オレはアニメ好きだが、そもそもテレビが好き。
テレビで画面が動くってのが未だ感動の時代でもあった。
確か、家にテレビが来て、そんなに日にちが経っていなかったような気がする。
番組の内容は覚えていない。
けれど、何故かオレは退屈なはずの教育番組に釘付けになってしまった。
確か、ドイツの靴職人の世界を淡々といった調子でドキュメントしたような番組だった。
オレの印象にはそのように思えた。
なんて陰気臭い仕事。
だけど、見ているうちに、オレは無骨そうな、体格のがっしりした職人さんが、薄暗い工房でトンカチのようなものやらいろんな道具を使って靴を仕上げる光景に魅入られていた。
いや、一体、何処に魅せられたのか分からない。
靴というより、皮をなめす作業だったのか。皮が靴の形になっていく過程なのか、それとも、それこそ哲人とでも呼びたいような横顔、風貌に何か神秘なものを感じたのかもしれない。
そう、靴でなくてもよかったのかもしれない。
ドイツ人である必要もなかったのかもしれない。
それこそ、陶芸でもガラス工芸でも和服の仕立てでもよかったのかもしれない。
テレビで覚えた感動というか印象は、それはそれだけで終った。
終ったものと思っていた。
が、中学生になって勉強にも身が入らなくて将来、何になるという夢も確たるものがないまま卒業が間近いという頃、オレはオレにとっては生涯の屈辱となる失恋をしたのだった。
大概の奴は高校に進学する。オレも惰性というわけじゃないが、人並みに私学の高校に合格していた。
授業はないも同然。教室は、浮ついたような気分が一杯。中学時代の最後の日々を惜しむような、早く高校生になって自由になりたいと願っているような。
週日だというのに、午後の授業もない。卒業式の説明か何かがある予定だった。
教室は、さながら告白の会が催されているような状況だった。
いろんな女の子がそれぞれ、お目当ての男の子に手紙や何かを手渡ししているのだ。
そうか、あの子は奴が好きだったのか。凄いなー。みんな積極的だなー。
すると、そのうち、なんと目の前をオレの好きなあの子が通り過ぎる。小学校の頃から好きだったあの子だ。
そう、通り過ぎるだけだった。彼女は、スーと目の前を通り過ぎたかと思うと、窓の枠に腰を預けて友達と談笑している男の子に真っ直ぐ近づいていった。
そいつには既に他の女の子からも何かプレゼントが手渡されている。オレは目撃していた。
でも、そんなことは彼女も百も承知だったのだろう。負けてはいけないのだ。
彼女は手紙を渡した。
その後、彼女はまた、スーと去っていった。さすがに恥ずかしいのか、教室の外に出て行ったように思う。
奴は…、手紙を渡された奴は、淡いピンク色の封筒から…。
そうだ、その封筒には真っ赤なハートのマークが付いていた!
オレは、奴がラブレターを読むさまを脇で眺めていた。
奴はオレのことなど眼中にない。友達連中は気を利かしてか、すぐ傍にいたのは愚図なオレだけだった。
オレは、生れて初めて女の子のラブレターを見た(そしてそれが最後だった)。
文面が見える。奴は隠そうともしない。
オレはあまりのショックに自分が落胆しているのかどうかさえ、分からなかった。突然、死刑台の足場が外されたようなもので、中空に浮遊していて、痛みからさえも見捨てられていた。
ただ、文面やら奴の自信溢れる横顔やらハートのマークなどより、何故か、教室を後にした彼女の靴の踵(かかと)部分がオレの最後の印象として脳裏に刻み込まれた。
濃紺の靴だった。
中学を卒業し、高校生になったオレは目標も見当たらないまま、行過ぎる歳月を漫然と見送るばかりだった。
大学に進むべきか。オレは迷った。
いや、本当は迷ってなどいなかった。大学に行ったって仕方ないと思っていた。が、高校を出てどうするという展望もなかった。だったら、とりあえず大学へ行っておくべきかと迷っただけだった。
どうにも思いが定まらず苦しんだ日々が続いたが、ふと、オレは小学生の頃に見た靴職人の姿が脳裏に蘇ってきた。
靴を作る!
オレには魅力的な仕事に思えた。
父に、つい、相談した。
父は言下に反対した。今時、靴職人で飯は食えん!
一喝されてしまったのだ。
今から思うと、あれは父がオレの本気度を確かめたのだったと思う。食えないか、食っていくのは難しいとしても、関係の仕事に就くことは父も考えないではなかったらしい(後で分かったことだが、父には仕事の関係で、靴の工房を一つ二つ知っていたらしいのである。その大変さも含めて)。
気の弱いオレは、あっさり引き下がった。大学へ行くのもやめた。意味がまるで感じられなかった。靴を作るのに大学での勉強が役に立つのかどうかも分からなかった。あるいは勉強すべきことが一杯あったかと思うけど、オレは自分の好きな道を選ぶことにした。
本格的に靴職人の道を歩むには、日本人の多くがイギリスやイタリアの靴職人の学校へ勉強に行くという常識も知ったのはずっと後のことだった。
好きな道。それは靴を作ること。
高校を出て、父の紹介で近くの工場で働くことになった。どんな仕事かは今は触れないとして、少なくとも靴にはまるで無縁な職種だったことは間違いない。
オレは、職場の同僚や職長らとの付き合いも可能な限り避けた。変わり者。孤独な奴。何を考えているか分からない奴。それは職場でのオレの評価だった。ただ、真面目だから置いておいてやる…。
オレは、家の自室に篭って、靴を作り始めた。
雑誌や父の知り合いの工房を見学させてもらって、見よう見まねで靴を作り始めたのだった。遊ぶことなど一切、興味がなかった。靴を作れたらそれでいいのだ。
中国の台頭で、地場産業がドンドンやられ、地震などの災害が追い討ちをかけたりして、廃業する工房も多かった。そうしたところから、包丁やら中古のミシンやら工具などを貰ってきた。ほとんど用具類は新規に購入する必要はなかったほどだ。集塵機付きのグラインダーさえ、とうとう手に入れた!
靴を作るには革が肝心。毎日、手に入れた皮を扱って、皮と馴染んだ。
オレには、いつからかサルヴァトーレ フェラガモが英雄になっていた。雑誌で彼の記事を見つけては貪るように読んだ。彼がオレの守護神なのだ。
後年、『夢の靴職人―フェラガモ自伝』(堀江 瑠璃子訳、文藝春秋)が出た時は嬉しかったものだ。彼のようには到底、なれない。でも、彼を英雄と思って、徹底して手作りにこだわる。
生活費は工場で稼ぐ。靴で儲ける必要もない。作りたい靴を作るのだ。日の目を見ることは決してないのだとしても、靴を作れる!
靴に恋したんだ!
→ 谷村 志穂/斎藤 綾子/甘糟 りり子/森 理香/やまだ ないと/狗飼 恭子/野中 柊/山咲 千里 著『靴に恋して』(ソニーマガジンズ) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)
靴を履く。靴を履いて歩く。靴を脱ぐ。普段は、何気ない動作。せいぜい、新しい靴を買った時とか、雨の日とか、足元に注意を払うだけ。
でも、靴を履くって凄い行為だと思う。
靴ってエライと思う。
靴にはその人の全体重が圧し掛かる。歩く。蹴る。撥ねる。ジャンプし何倍にもなった体重を受けとめる。段差にぶつかって足首を捻る。足首は痛い。でも、靴だって一瞬、悲鳴を上げているって誰が気付くことだろう。
でも、決して悲鳴など上げない。ただ、黙って酷使に耐える。人は、何事もなかったように、歩き去って行く。ちょうどそのように、人は靴が捩(よじ)れ捻(ひね)られたってことを忘れ去る。
黙って、わたしのことを聞けばいいのよ。
言われなくたって、靴は耐えている。
骨身を削っても耐える。革を傷付けられ擦り切っても、あなたに付いていく。
靴はあなたの足を支えているだけじゃない。あなたの全体重を、いや、体重以上のものを支えている。人生を支えている。あなたの命を支えている。
あなたの恋だって愛だって、苦しみだって悲しみだって、心の悩みの波長が体を伝って、やがては必ず靴に至りつく。
靴を履いている限りはあなたは靴と一心同体なのだ。
あなたがいつか、玄関で靴を脱ぐ時、わたしは身を切られる思いでいる。あなたの最後の最後までを見守っていたいのだ。一旦、あなたの靴となったからには、あなたの僕(しもべ)であり、あなたの守護神なのである。
それも、いつでも自在に脱ぎ捨てられる、やがては破棄され、倦まれ、捨て去られるのを覚悟の上の守護神なのだ。
あなたが…、靴を脱いだあなたが、ベッドの上で身を委ねている間、わたしは玄関で無音の世界を彷徨っている。沈黙というどんな海より宇宙より深い闇、暗い亀裂の豊かさをとことん味わっている。
肉の海を渡って、やがてあなたは還る。
わたしも、ふと、我に帰る。わたしは一個の石ころ。路傍の草。忘れられた帽子。置き去られたハンカチ。口を脱ぐってダストと化したティッシュペーパー。
それがあたなの帰還と共に我に還る。わたしはあなたの僕であることを思い出す。わたしはどんなことがあっても、あなたを見捨てない。たとえ、いつかわたしがあたなに見捨てられる定めにあるとしても…これまで幾度となく同じ運命を繰り返してきた…わたしは決してあなたを捨てない。わたしから捨てることはない。わたしはあなたの守護神なのだ。
体と命と心の全てを見守り続けるあなたの影なのだ。しかも、背後霊なんかじゃない。
この世で役に立つ。あなたに一切、心理的負担など掛けない。あなたは何も気づかう必要などない。わたしが気に食わなくなったら、わたしのことなど、燃えるゴミとしてあっさり捨てるがいいのだ。
そのことをわたしが恨むだろうか。まさか。
わたしは役目を果たし切ったことを心底から満足するだけだ。
夢想なのか理想なのか悲願なのか、それともただの妄想なのか分からない想念をオレは追いやる。職人に雑念は無用なのだ。
高校卒業間際、あの人が誰かとラブホテルに入っていくのを偶然、見かけた。ホテルの門に彼女の姿が消える最後の瞬間、彼女の真っ赤な靴が目に入った…。あの光景を見たことが、オレが靴職人になろうと決心した理由だなんて、誰にも言えるはずもない。
繰り返す。雑念など無用なのだ。工房の外で、門の向こう側で、靴を脱いだその後で、何があろうがなかろうが、知ったこっちゃないのだ!
朝、起きたら、さっさと食事を済ませ、まずはせっせと糊作り。尤も、せっかく作った糊を使うことはない。昔の職人は、それから仕事を始めたってのを知って、オレも真似しているだけなのだ。接着剤など幾らでも買えるのだし。
いい靴を作る。
その靴を履いてもらう。
その人がいつか、目の前に現われるまで、オレの作った世界に一つの靴を履いてもらえるまで、オレは、ただ、靴を作り続けるだけなのだ。
参照:「靴職人の世界」
「第61回(2007年9月4日放送) NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 「挑み続ける者だけが、頂に立つ~靴職人・山口千尋」」
「「一足40万円」の靴職人は語る「継続する才能こそ一番大事」:NHKプロフェッショナル様:J-CAST テレビウォッチ」
(但し、上掲のサイトと本作品の内容とは無関係です。靴職人の世界の素晴らしさを少しでも感じれもらえたらと思うだけです。)
蛇足的参考:「フロイト/イエンゼン共著『妄想と夢』」
(この小説(分析)のポイントは、ある実在するレリーフのグラディヴァという女性像の足なのだが、足つながりということで!)
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