虹の彼方に
あれは…オレが五つか六つだった頃のこと。
激しかった雨が上がったと思ったら、白い雲があるだけで真っ青な空が広がり始めた。
示し合わせたわけでもないのに、近所のガキ連中が集まってきた。
集まる場所は大体、決まっている。何故だか大きな土管が隅っこに置いてある原っぱだ。
そこで、野球をやったり、縄跳びしたり、石蹴りしたり、鬼ごっこをしたり。
土管の中で、お医者さんごっこもしたっけ。
小学校の高学年の子もいたはずだから、土曜日の午後か日曜日だったのか。
集まったからには、何かして遊びたい。
でも、みんなの考えが纏まらないうちに、誰かが、虹だ! と叫んだ。
雨上がりの青い空に雲から突き出る七色の剣のような虹が姿を現していた。
でっかい虹だった。
あんな虹は、ボクは、いや、とっくにガキの心を失ったオレも見たことがない巨大な虹だった。
しばらくはみんなあまりの見事さに見惚れていた。
そのうち、仲間のリーダー格である兄ちゃんが、虹の根元って知ってるか、と聞いた。
保育所に通うようなボクが知るはずもない。
周りのみんなの顔色を伺っても、やっちゃんも、清ちゃんも、比呂ちゃんも、誰も知らないみたいだった。顔を見合すばかり。
お兄ちゃんのほうを見る。
―虹の根元にはな、宝物が埋まってるんだぜ。
ボクは、宝物と聞いて、玉手箱が真っ先に思い浮かんだ。
多分、絵本か何かで浦島太郎の話を読み聞かされたばかりだったのだろう。
兄ちゃんは言う。
―宝物だぞ! 小判とかベッコウとか宝石とか、金色のカンザシとか、もう、眩しいくらいに輝く宝物が一杯、埋まっているんだぞ!
ボクはベッコウという言葉がよく分からなかった。なんだか、固そうな、食べれそうにないモノに思えた。そんなものが宝物なんだろうか。
でも、ボクの頭にも、金ぴかの宝物が浮んでいた。
小判がザックザックという話をどこかで聞いたことがある。
それが虹の根っこに埋まっている!
―行こう! 虹が消えちゃうと宝物の在り処が分からなくなる。早く行かなくっちゃ!
そうだ、行かなくっちゃ。消えないうちに行かなくっちゃ。
ボクは焦り始めた。
もう、みんな一斉に駆け始めていた。
お兄ちゃんが先頭で、もう姿が見えなくなりそうだった。
一番後ろには比呂ちゃん。濃紺のスカートから白いパンティと足が伸びていて、勢い良く駆けている。
ボクは、みんなの中では一番ガキだったけれど、女の子の比呂ちゃんにだけは負けたくなかった。相手が女の子だって、年上だからって、負けるわけにはいかない。
でも、みんなにドンドン離されていくばかりだった。比呂ちゃんの姿さえ、小さくなっていくばかり。
田植え前の田圃を畦道を越え、幅にしたら数十センチほどの農業用水路を越え、郷里の一番端を流れる大きなG川も橋を渡って越えて行った。
G川を渡りきると、K山の麓(ふもと)に至る。
もう、振り返ってもボクの町はとっくに見えなくなっている。
ボクは、脳裏に浮ぶキラキラと輝く小判の山に目が眩んでいた。
みんなの背中が見えなくたって、虹さえ姿が見えていたら、何処までも追うことができる。
けれど、虹は追えば追うほど遠ざかっていくように感じた。
しかも、虹が今にも消えそうだった。
夢中になって国道に沿って走って、気が付いたら、K山の向こう側にいた。
全く見知らぬ場所だった。
虹は…。
空を見上げても虹は影も形もなかった。
それどころか、仲間のみんなは誰もいないのだった。
ここからオレの…、当時のボクの記憶が曖昧になる。
K山の裏側の、とある古びた民家の庭先が妙にくっきり光景として浮ぶばかりだ。
傾き始めた日差しが草むらに当って、緑色の光の海になっていたのだ。
葉っぱが透けて見えるものもあった。日の光が乱反射して、ボクは眩暈しそうだった。
何故なのか分からないけれど、ボクは、その庭に宝物があるという確信を抱いた。
虹がその辺りで消え去ったような気がしたのだったろうか。緑の光の海は、陽光のせいじゃなく、地の下から漏れて来るんだと思ったのだろうか。
あの、草茫々(ぼうぼう)の庭が虹の根っこに違いないと思った。
誰も仲間がいないなんて、もう、どうでもよかった。
ボクは一人でも宝物を掘り出してやる。みんなを見返してやる。
鈍臭いボクが今度はヒーローになる番だ!
ボクの目には、生い茂った草を透かして黄金の輝きが眩しく見えていた。
金色の光が周囲に溢れているようだった。
草むらに踏み込んでいった。
雨上がりの草の匂いが強烈だった。
でも、そんなことより、自分が今、宝物の上に立っているという感激で胸が一杯だった。
ボクがヒーローだ。
ボクが大将なんだ。
足手まといの知恵遅れなんかじゃないんだ。
母ちゃんにだって自慢できる!
そのあとボクは、オレはどうしたのだったろう。
何も覚えてない。
宝物を掘り出した?
まさか!
ボクは気が付いたら、町に帰っていた。
散々、あちこち歩き回って、やっと帰ってきたのだった。
例の原っぱに行くと、比呂ちゃんだけが一人、土管の上で綾取りをしていた。
―あら、たっちゃん。
―みんなは?
―みんな?
―みんな、もう、とっくに帰ったわよ。
―もう、遅いもの。
―帰ったの?
―そう。
―たっちゃん、何、してたの。(たっちゃん一人だけ、見当違いな方向に走っちゃって…)
―何って…。
ボクには何も言えなかった。
宝物を見つけたんだよ。宝物の上に立っていたんだ。ボク、ヒーローだったんだ…。
そんなこと、言えるはずがなかった。夢でも見てたんじゃないのって、言われるのがオチだ。いつも、みんなにター坊はボンヤリしている。昼間っから夢、見てるって言われている。学校の先生も、特殊学級に入れるかどうか、母ちゃんに打診していたっけ。
そう、ボクの思いは、胸の中を駆け巡るだけなんだ。誰一人、分かち合う人なんて、いない。
みんな、とっくに帰っていたというのがショックだった。
虹の彼方を懸命になって追いかけていたのはボクだけだったんだ。
兄ちゃんの気まぐれを大真面目になって信じ込んで、あんな遠くまで駆けていって、そうして迷子になりかけて…。
そんなふうにバカにされるのが痛いほどに分かった。
―虹、消えるまで、川縁(べり)で見てたの。
―ふーん、物好きね。
―さ、帰りましょ。
―今日はもう遅いから、お医者さんごっこは、なしね。
―う、うん。
ボクは、ガッカリして比呂ちゃんの手に引かれて家路に着いた。
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