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2007/05/11

乗っていいのよ

 五月晴れの一日も暮れそうな宵の口のこと。
 オレはある住宅街を歩いていた。
 とある家の塀の物陰に人影が見える。
 何か怪しい雰囲気が漂う。
 オレは急ぎ足で通り過ぎようとした。

 すると、
「乗っていいのよ」という囁くような声が。
 見ると、ちょっと垂れている髪で顔がハッキリ見えないが、体型からして二十代後半と思われる女だ。
 オレの足元を伺っているような気がする。

(乗っていい? 乗っていいってどういうことだ?)

 頭の変な女かもしれない。
 第一、声が小さかった。聞き間違いってこともある。
 オレは気のせいだろうと、先を急いだ。

 するとまたもや、
「乗っていいんだってば」という声。

 今度はオレのすぐ間近だ。
 女はさすがにオレの目に合わせようとはしない。
 後ろめたい気持ちがあるのだろう…。

 今度は聞き違いなどでは断じてありえない。
 女の横顔が街灯に浮んだ。
 美人だ!
 こんないい女がどうして、こんなところで。
 よっぽど夫婦生活がうまく行っていないのか。

 声の調子からすると、女は少々苛立っているようだ。
 それでもオレは関わりになるのが嫌で女から遠ざかろうとした。

「乗りなさいって、言ってるでしょ。後ろに乗りなさい!」
 ああ、そこまで言うのか。オレはMの気があるのか、女の命令口調に案外と弱い。
 しかも、オレたちだけ。
(でも、奥さん、いくらなんでも、こんなところで…。)

 それでもオレは、何かの間違いだとしか思えなかった。
 女は、オレとは目を合わさない。何処か柱の陰を伺っているようだ。
 誰か人が来るのを怖れているのか。

「何をグズグズしてるの。早くしないとダメでしょ」
 せかされると弱いオレなのだ。
 立つものも立たなくなる。
 でも、ここで知らん顔で通り過ぎてしまったら、男がすたる。
 気がつくと、何のほうはオレより気が早くて、とっくに前向きになっている。

(さっさとやって、さっさと消え去ろう。行(ゆ)きがけの駄賃ではないか。)
 オレはズボンの前を開いて女に向っていった。

すると、
「ホラ、グズグズしてるから、変な男がやってきたじゃない!」
 そう吐き捨てるように言うと、女は男の子を柱の陰から引きずり出し、自転車の後ろの籠に載せ、宵闇の中、ママチャリを漕いで去っていった。

 ……。
 ああ、オレを置いて行かないで。
 ……。
 行っちゃった!

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コメント

こういう勘違いの人は普通にいそうですね…。
私が恥ずかしがる必要ないんですけど、
なぜかものすごく恥ずかしいです(笑)
予想外の展開で面白かったです。

投稿: shin | 2007/05/16 22:11

shinさん、コメント、ありがとう。
この作品、コントというジャンルにしちゃっているので、読者はオチがあるのがみえみえということになる。
これを、掌編とのみ銘打っておいたら、最後までどんな結末になるか、分からないだろうし、そのほうが良かったかなと思ったり。
コントと銘打つことで、笑って済ませるけれど、結末の微妙さは、サスペンス的な展開も可能だったことを(案外、あからさまに)予感させるような気がします。

それに、本当だったら、どうしましょう?! 小さな子供がいなかったら、いるように装って…。

投稿: やいっち | 2007/05/17 07:50

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