窓の隙間から
時々、俺って何処で生まれたのだろうって思うことがある。
「何処からって、お袋さんからに決まってるじゃないか!」
そんな答えを求めていたわけじゃないのに、「そりゃ、そうだなって」笑ってごまかす。
(俺って、何処から来たのだろう)
これも愚問なのだろうか。又、「自分で自分の住所くらい、分かんねえのかよ!」っ て言われて、シュンとするしかないのだろうか。
目の前にあるのは開かれることのない本。
ちょっと脇を向くと窓枠に絡まる蔦が 隙間風に揺れている。
(そうだ、隙間風に聞いてみよう)
俺はふと、そう思った。風ならこの世のしがらみに 囚われることなどなく、気侭に天地を巡っているに違いないのだから。
けれど、いざとなると声が出ないのだった。声を発したつもりなのに、声は単なる音 となり、やがて風に紛れるようにして掠れていくばかりなのである。
「お前はって野郎は…。息ってのは風の戯れなのだってことを知らないのか、愚かな奴」
俺は風にまで馬鹿にされてしまった。
(俺って何者なのだろう)
愚問は湧いてくるばかりで止むことはなかった。
(今度は声に出さないで頭の中で疑問を追いかけてみよう。それなら誰にも邪魔される はずがないから)
「俺の目をごまかせるとでも思ってるのか。それだからお前はダメなんだ」
思わず辺りを見回してしまった。誰もいない部屋のはずなのに、心の中までが見透か されているとはと、恐怖するばかりだった。
(こうなれば、俺は見るだけにしよう。何も考えないで、ただ黙って窓の隙間から青い 空を見上げるのだ)
「どこまでも情けない野郎だな、お前は。お前の部屋から空が覗けるはず、ないだろう が!」
そんなことは分かりきっている。
それでも覗きたいものはどうしようもないのだ。
俺 は祈るような気持ちで青い空の白い雲を探し求めようとした。
遠い昔、友達の誰かが小 説の冒頭に「青い空、白い雲」なんてやるものだから、俺は思いっきり罵倒してやった ものだった。
それが今になって、その芝居の書割にも描かれない紋切り型の風景に憧れている。焦がれさえもしている。
青い空と白い雲。
それがこんなにも素晴らしいものだったことに、今になって気づくとは。
(俺は何処から来たのだろう)
もう一度、見えもしない空を俺は捜し求めた。
鉄格子越しに見えるのは灰色の壁だけ。
青い空も白い雲も見えるはずがないのは分かりきっているのに。
(2001年作)
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