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2007/02/25

猫と扇風機の思い出

 今は東京でも大田区の工場町に住んでいる。
 その前は港区の高輪のマンションに住んでいた。もう、この地名とマンションに居住するというだけで事情を知らない人は何か豪奢な感じを受けるらしい。
 しかも、その高輪に住んで間もなく会社の必要もあって、車の免許を取り、会社の同僚の紹介で安く車を入手することさえできていた!

 買ったのは中古ではあるが、スカイライン2000GT-Xである。
 GT-Rでないところに、車通の方は多少の落胆の念を覚えるかもしれない。
 そのスカイラインは、ハンドルがミニハンドルで、まさに暴走族仕様だった。気の弱い小生は、すぐにハンドルをノーマルに換えてもらったものだ。

 高輪のマンションに住み、スカイラインを乗り回しているという噂がどう伝わったものか、数年来、音信普通だった友人連とも再会した。彼らは共に既に結婚していた。
 彼らがやってきた小生の部屋は、狭っ苦しいワンルーム(1K)に過ぎず、スカGも相当の中古に過ぎず、会社でも倉庫番というウダツの上がらぬ仕事をしているのだと知れるのに、数時間も要するわけもない。
 小生はその八階建ての中古のマンションの八階に住んでいた。最上階であり、冬は寒く夏は暑い。屋上からの熱気がコンクリート越しに容赦なく伝わってくる。冬は冬で、どんなに暖めても、熱は呆気ないほどに逃げ去っていく。


 夏場はひたすら暑い。八階建ての八階で、頭の上は炎天下のコンクリートということで、熱気が小生の部屋までまともに伝わってくるのだろうか、エアコンなど効いているのか分からないほどだ。
 それだからだろうか、ただでさえオートバイでのツーリングが趣味の小生は、週末は必ずといっていいほど、オートバイで遠出したものだ。夏場での外出の動機の半分は、部屋の暑さだったのかもしれないと、今にして思ったりする。

 ただ、居住しているワンルームで助かることがある。
 但し、それは、日中の酷暑が去った夕方以降のことだ。
 八階という高い場所にあるため、ベランダ側の窓を開け、廊下側(玄関側)のドアを少し開けておくと、風が小気味いいように吹き抜けていく。
 だから、夏場でも夕方を過ぎると、クーラーを使ったためしがない。
 なので、小生は夏場は部屋では裸でいる。無論、トランクスだけは穿いている。めったに客が来ないし、たまに来ても新聞代の集金人か小包の配達人かで、裸同然の格好でいて何も困ることはない。

 ま、たまに気になるのは、国道を挟んで丁度向い側にある巨大な都営の団地の住人の目くらいなものか。
 カーテンはあったが、しっかり閉めると風が通りにくいので、あけたドアの分はカーテンも開放しておく。その気になれば、トランクス姿の男が垣間見られるわけだ。

 しかし、あまり視線が気になったことはない。逆にトランクス一丁の男が窓越しに都営団地を観察しているとでも思う人がいたかどうかくらいのものである。

 エアコンの冷気が嫌いな小生は、夏場は扇風機だけで過ごす事にしていた。玄関やベランダの窓を開けるといっても、一晩中というわけにもいかない。虫だって入るし。それに机や箪笥などがあって、外から吹き込む風の恩恵を受けられない死角もある。
 で、特に寝る時など、扇風機を天井や壁などに向けて風をぶつけ、その反射の風を体に受けるようにして安逸なる就寝の時を持とうとしていたものだ。

 そんなある日、ベランダに何か生き物の気配を感じた。まさか、こんな八階のベランダに動物が? 我が部屋のベランダは洗濯機も置けないほどに狭いのだ。しかも両隣りのベランダからも、それぞれに分離している。

 気のせい? しかし、間違いなく、居る!

 見るとそいつは猫なのだった。

 分離しているベランダを越えて、我がベランダヘやってきていると思うしかない。
 しばらく観察していると、その猫の主が分かった。左側の部屋の居住者だ。その部屋は、小生の部屋より広めのワンルームで、そこには恐らくは水商売風の女が住んでいる。
 洗濯物を干す彼女に遭遇することがあったのだ。というか、ベランダのドアを思い切りよく開けるので、その気配で小生が気付く。で、つい、どんな女かと伺ってみようとするわけだ。

 しかしながら、一度として彼女の顔を見ることはできなかった。一年以上は、彼女が居住していたはずなのに。男が時折やってくることも知っているのに。
 その女の飼い猫が我がベランダに遊びにやってくるのだ。
 しかし、何故、隣りの猫がわざわざやってくるんだろうか。ただの、いかにも猫らしい気まぐれ?

Nekofan1

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 最初はそのように思ってもみた。しかし、どうやらそうじゃない。その猫は、どうやら小生が不在の折に小生の部屋に入っているらしいのである。何処から?
 無論、ベランダのドアから以外にありえない。

 小生が不在の時にベランダのドアが開いているのか?
 実はそうなのである。一応は閉めているのだが、シッカリは閉めない。というか、帰った時に部屋が蒸すのが厭で、掌が通る程度には開けて外出することも(しばしば)あったのだ。
 無論、夏場の話である。

 それで、猫君は、隣りのベランダから我がベランダに渡り、さらに我が部屋のドアをこじ開けて我が部屋に入り、さらには…。
 そう、小生の推測だが、この猫君は我が部屋の玄関のドアが、風を通すためもあり、往々にして開いていることを知っているのだ。ドアは、下に突っかい棒で半開きの状態なのである。
 それゆえ、我輩が部屋に居る時でも、かって知ったる我が家というわけで、ベランダの窓をこじあけ、こっそり入り込み、開いている玄関から廊下に出ていたらしいのだ。

 つまり、猫君は自由を欲していたのだ! 

 しかし、どうも猫君の様子からすると、それだけでもないようだった。

 猫君は、飼い主である女の主人の帰りを首を長くして待っていたのじゃなかろうかと、小生もようやく気付いてきたのである。
 そうはいっても、いくら鈍感な小生でも、他人の家の猫に勝手に部屋を通路代わりに使われるのは釈然としなかった。それに夜半になって、ふと目覚めた時、真っ暗な部屋の中に不意に獣(けもの)の気配を感じるのは、少々気味が悪い。
 それがたとえ、例の猫だと分かっていても。

 トランクス一丁の格好で、部屋を通り抜ける風だけを、それだけでは耐え切れないときも、エアコンではなく扇風機の風を頼りに暑さを凌いでいた小生は、ついにある日、決心をした。
 ベランダのドアは、せめて不在のときは締め切ろう、と。

 そうすると、今度はわざわざ開けるのが面倒になる。吹き抜ける風という楽しみもなくなってしまう。
 そういう決心を固めた頃には、気が付くと残暑の時季も過ぎ去っていた。暑さもシャワーを浴びて、裸のまま扇風機の風を浴びていれば、もう、それで十分な頃になっていたのだ。

 時折、ベランダの窓をコリコリする音が聞こえる。猫だ。
 でも、小生は、もう、開けてやらない。
 何故か。下手に開けると、小生の部屋に入る。入ったはいいけど、さて、入ったままなのか、それとも出て行ったのか小生には分からないのだ。で、寝てしまう。ベランダ側の窓を締め切ってしまって。
 すると、真夜中になって猫の鳴き声がする。猫がベランダの窓ガラスをカリカリやっているのだ。

 仕方なく起きてドアを開けてやるのだが、いい加減、そんな手間が面倒になる。
 それくらいなら、最初からベランダ側の窓は在宅している間だけでも締め切っておくに越したことはない!

 ここまで書いて、小生が猫嫌いだと思っている人もいるかもしれない。それが自分でもよく分からない。小生が田舎に居た頃、隣りの家には三毛猫がいたのだが、その猫に小生はガキの頃、思いを寄せていた。
 でも、その猫は小生を見ると必ず威嚇するような怖い顔をしてフーと小生を牽制する。ああ、こんなに好きなのに、猫君は小生のこと嫌いなんだ、と、悲しい思いをしていたことを思い出す。

 それでも、やっぱり猫が好きなのだ。
 ただ、その隣りからの猫に限っては、次第に何だか不気味に思われてきた。小生のことなど眼中になく、女の御主人を待って勝手に部屋に侵入し、通過していく猫。せめて小生に挨拶の一つもあっていいじゃないか、なんて、思ったり。

 いつしか秋の気配も濃厚になっていた。ベランダのドアを開ける習慣もすっかり廃れた。扇風機も、ちょっと邪魔に感じられてきた。
 けれど、ベランダの窓の外まで猫が相変わらずやってきているのだけは、知っていた。

 でも、もう、開けてやらない。猫の、こんな時だけ示す、懇願するような顔。今まではすぐに開けてくれたのに、何故、急に開けてくれなくなったの、心変わりでもしたのという、あどけなさそうな表情。
 そんなものには、もう、惑わせられないぞ!

 それに、その頃には、小生は猫のことなど構っていられないほど、仕事のことで悩んでいた。そのストレスが猫にぶつかっていた。といって、何かをするわけじゃない。そう、窓を開けてやらないという、ささやかな意地悪をしてしまったのだ。

 それから何ヶ月か経って、久しぶりにベランダの窓を開けた。
(実は篭りきり状態になっていて、窓どころかカーテンさえ締め切った生活を送るようになっていた!)
 隣りの住人も引っ越していったことを知っている。
 さすがに、もう、猫に悩まされることもないだろうと思ったのだ。

 開けて、びっくりだった。なんと、ベランダの床には猫の糞が一杯だった!
 小生もストレス一杯だったけど、猫君も辛かったのだなと、少々の感傷を抱いたものだった。

                            (02/07/22)


[ ブログで久しぶりに「雨の日の猫の仕草に目をとどめ」という猫ちゃん絡みの小文を書いたので、小説(虚構)作品ではないのだが、ホームページからこちらへアップ(転居?)させておく。公表当時は結構、読まれた思い出話。「猫扇(ねこせん)」と略されて話題の俎上に。実際には、もっと錯綜した事情もあったのだが…。 (07/02/25 アップ時追記)]

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コメント

このエッセイ、心惹かれますね。
謎めいた物語の導入部のような味わいもあって、
いいエピソードだと思いました。

投稿: ゲイリー | 2007/07/18 21:29

ゲイリーさん、コメント、ありがとう。

こうしてコメントを戴くと、実際に書いたのは5年前のエッセイに脚光が浴びるようでとても嬉しい。
このエピソードについては、小説に仕立てる必要がないので、可能な限りありのままに書きました。
若き日の夏の、文章にしないと誰も気付かずに消えていく話なのでした。
あの、猫、今頃、どうしているんだろう。

投稿: やいっち | 2007/07/18 22:38

夜の猫って怖いみたいですね。
実家にいたとき、2歳上の姉は、いつも夜更かしをしていました。
家族が寝静まってからも、2時3時まで起きて、自分の部屋で音楽を聴いたり本を読んだりして過ごすのです。
当時はさいたま市に住んでいて、夜はクーラーなしでも快適に眠れました。
無用心ですが、当時は網戸のままでも心配なかったのです。
例によって、夜更かしをしていた姉は、2時ごろ、網戸からの視線を感じました。
見ると、黒猫が網戸の外から、ジイッと中をのぞきこんでいます。
思わず悲鳴を上げたと言っていました。
女性らしく「キャアッ」ではなく、とっさのことだったから「ガアッ」となったとか…。
色気のない悲鳴に呆れたのか、猫は見切りをつけたようにさっさと窓から離れていきました。
フンはありませんでした(笑)
やいっちさんちは、後始末が大変だったでしょうね~。
私は猫に嫌われているのか、近寄られたためしがありません。

投稿: 砂希 | 2011/07/04 23:14

砂希さん

長いドキュメント、読んでくれて、ありがとう。

黒猫って、それだけで独特の存在感というか、ぶっちゃけ、不気味な雰囲気がありますね。
まあ、人間の勝手な印象に過ぎないのですが。
ポーの『黒猫』という小説も、一読、凄みがありましたね。

猫…。
残念ながら、小生は好かれません。
猫から近づいてきたことは、なかったような。
こっちは、猫が好きなだけに、残念です。

投稿: やいっち | 2011/07/05 21:15

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